《土着通信部》31 筑波山で始まったミュオン研究の現在地

G20貿易・デジタル経済相会合の背景を飾った筑波山のシルエット=9日、つくば国際会議場

【コラム・相澤冬樹】G20貿易・デジタル経済相会合の会場となったつくば国際会議場には、本会議場や記者会見場の背景に、舞台の書き割りよろしく筑波山が描かれていた。男体山の方が高く、長く筑波と付き合ってきたものには違和感ある絵柄である。東の女体山(877メートル)、西の男体山(871メートル)の標高は頭に刷りこまれている。しかし、描き手には、男体山の立ち上がりが強調されたこの構図こそが自然だったのだろう。

実は、これに似た筑波山のシルエットを、ごく最近見たばかりだった。話は東海村のJ-PARCにあるミュオン実験施設に飛ぶ。ここで、日本でのミュオン研究は1990年代、筑波山の観測から始まったと聞いた。長い付き合いなのに初耳で驚いた。

今日、メルトダウンした福島第1原発の原子炉内部をのぞいたり、ピラミッドの内部を透視したり、巨大構造物の内部を立ち入ることなく見せてくれると注目の素粒子ミュオン。地球にやってくる宇宙線は、大気を構成する原子の原子核と衝突して大量の宇宙線シャワーとなり、多くがミュオンとニュートリノに崩壊して地表に降り注ぐ。透過性が高くて物質とほとんど反応しないニュートリノに比べれば、ミュオンは電荷を持つ分、物質と衝突する確率が高い。地表側に検出装置を置き、高いエネルギーを持つ粒子に構造物を長時間さらすと、次第に描像が乾板に浮かび上がってくる。レントゲン撮影のX線代わりに、ミュオンを用い内部を観察するのである。

「ミュオンラジオグラフィー」という技術で、わが国における草分けが、東大名誉教授、永嶺謙忠さんだ。東大助教授時代の1993〜94年に、筑波山(男体山頂)から約2キロ離れた山麓(標高150メートル地点)に検出装置を置き、約3カ月間の観測をしている。火山の内部構造の探査を目的とする準備観測として、内部の密度分布の測定を行ったもの。孤立峰である筑波山は、上空から降ってくる宇宙線シャワーをキャッチする地表側に検出装置を置きやすかったのだろう。

男体山が高いシルエット

測定結果をまとめた論文「宇宙線ミュオンを用いた火山体トモグラフィ」は、「地学雑誌」(1995年)に掲載された。今も、科学技術情報サイトのJ-STAGEでpdfファイルを読むことができる。当然、ミュオンで撮影した筑波山が写っているのだが、山の輪郭が浮かぶだけの連続写真である。とても内部まではうかがいしれない。しかも、この双峰のシルエットは「男体山が高い」のである。

観測位置から仰ぎ見る形で、ピントを男体山に合わせたためだろう。遠くに写る女体山は低くなる。モノトーンの粗い画像が、いかにも先端科学の始まりっぽくて興味深い。

永嶺さんはこの後、高エネルギー加速器研究機構(KEK)教授となり1999年、検出器系を増強して、3.9キロの距離から浅間山火口の形状の検出に至っている。火山体の活動状況の経時変化をオンライン透過像で知ることにも成功、そして今年3月には、「ミュオンラジオグラフィーの開拓」で日本学士院賞を受賞した。

J-PARCでは、宇宙線ミュオンを用いず、加速器を使う。加速した陽子を標的に当て、ミュオンを大量発生させる装置で実験を行っている。ミュオン研究は、より洗練された画像を描くようになっている。(ライター)