【コラム・山口絹記】「言語学って、どんなことやってるの?」。たまにこのような質問を受ける。大雑把だが大切な質問だな、と思う。何か自分自身の興味に忠実に学び続けていると、こうした根本的な質問に答えられなくなることがある。

ここで相手を選ばず、“ソシュール”とか“構造主義”とか“超文節素”などという単語を並べるのは簡単なことだが、それでは「難しそうだね」で、会話が終わってしまうことのほうが多いだろう。

では、どう説明すればよいか。相手の土俵に立ち、相手のルールに近い話し方を試みるのはどうだろう。

さて、会話の相手が数学という、ある種の言語が得意だったとする。そんなとき、私は少しだけ考えて、「関数ってあるじゃん」と答えてみる。

相手は生真面目に「Xの値が一つ決まればそれに対応する値が一つ決まるものをXの関数と言える」と答える。

「うん。じゃあ、微分は? 関数を微分し続ければ、定数になってグラフは水平になるよね?」

「多項式で表せる関数なら、ね。三角関数なんかはいくらでも微分できる。まぁ、他にもきちんと定義してほしいことがいろいろあるけど」

「細かいなぁ。じゃあ、物体の位置を多項式で表す関数があったとして、その関数を微分すると何になる?」

「一度微分すれば速度、二度微分すれば加速度を表す導関数になる。ねぇ、これ何の話?」

ことばの意味ではなく意図

「ことばのおはなしだよ。ねぇ、例えば“ことばを微分”できるとしたら、何になるのかな」

「いきなり雑な例え話になったな。意図とか感情を表すものになるとでも答えてほしいのか?」

「面白い。まさに例え話だ。でもキミ、同じことばが常に同じ意図と感情に結びつくとでも思ってるのかい? もしそうなら、この世から意図しない口喧嘩を一掃することだってできるはずだ」

「今まさにケンカ売られてるような気がする」

「ケンカなんか売ってないよ。私のことばをもっと正確に微分しなさい」

「“微分”に変な意味を与えるなよ」

「“変な意味”って?」

「今、微分を“ことばの裏にある意図や感情を読む”って意味で使っただろう」

「すごい。よくわかったね。辞書をひいても微分にそんな“意味”は載ってないのに通じ合えた。これってすごいことだよ」

「…確かに。でもそれが会話ってもんだろう」

「会話の積み重ねによって、新たな意味が浮かび上がってくるとしたら、それは微分というより積分かも」

「また雰囲気だけで雑な例え話を」

「そもそもさ、言語学って何やってるの? って質問に、関数ってあるじゃんって答えはおかしいんだけど、キミはおそらく、これは説明のための例え話だと推測して話に付き合ってくれた。つまり、キミは私のことばの“意味”ではなく“意図”を読み取ってくれた。会話というのは、どうやら“意味”のやりとりだけでなりたっているわけではないらしい。言語学にもいろいろな分野があるけど、こういうことを考えるのも、言語学だよ。面白いと思わない?」

「…なんか煙に巻かれた気がする」(言語研究者)

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