《ひょうたんの眼》15 今上天皇への感謝

ボタンの花

【コラム・高橋恵一】今上天皇が退位され、新天皇が即位されるとともに、元号が「令和」に変わる。

平成の30年余を振り返ると、前半の10年は、東西冷戦が終結して、第3次世界大戦は遠のき、日本も高度成長の余韻(よいん)で、そこそこに経済成長があった。しかし、21世紀に入っての20年は、新自由主義経済理論の下、格差社会が生じて拡大し、世界も、9.11の米国同時テロの惨事が発生し、テロと地域紛争の時代になってしまった。

平成の、今上天皇や現在の皇室は、昭和天皇の想いを引き継ぎ発展させ、先の戦争を反省し、平和を求める日本人の心を理解して貰う努力を、平和憲法下の国民統合の象徴としての天皇の使命として続けてこられた。

沖縄やサイパン、パラオなどに慰霊の旅をされて、日本人、外国人を問わず、兵士と民間人を問わず、戦火に斃(たお)れ、戦争の被害を受けたすべての人々の慰霊をし続けた。その姿は、国内だけでなく、日本から侵略を受け、日本と交戦した国の人々からも、理解され、尊敬もされているに違いない。被災地の訪問を含め、今上天皇の国民に寄り添う姿は、美しかった。

人々の心に寄り添わない安倍首相

一方、小泉改革の後始末を任された2度の安倍政権は、人々の心に寄り添うどころか、上から目線の押し付け強行政治を展開した。

安倍首相は、天皇皇后両陛下が、被災地を見舞ったときに、避難所で膝をついて被災者と同じ目線で慰めるご様子を、よい感覚で見ていなかったそうだが、国民の反応があまりにもよかったので、最近は、首相自身も膝をついて話すようになった。口先だけで、誠意のないパフォーマンスが見え見えであろう。

外交姿勢にしても、韓国との慰安婦問題や徴用工問題で、首相の第一声は「10億円払ってある」「1965年の2国間の協定で解決済み」であった。

そこには、被害者である個人への同情も慰めも無かった。知日派の韓国の元議長は、戦時中ひどい目にあった被害者を慰める言葉を安倍首相から欲しいが、とても温かい言葉など期待できないので、人々の気持ちを理解できる今上天皇から慰めの言葉が欲しいと言ったのだろう。それを、天皇陛下に失礼だと言って、ますますこじれさせてしまった。

今回の元号の決め方だが、ネーミングというのは、好き嫌いが千差万別で、人気投票をしてもパーセンテージが出るだけで、決着がつくものでもない。極論に走らない「学者、有識者」が、そっと議論をして選定し、余計な説明をしなくてもよかったのではないか。

少なくとも、国会での歪曲(わいきょく)した解釈・答弁を繰り返して、学問的な素養が足りないのではないかと思える人の「俺が決めたのだといわんばかりの説明」は、新元号の受け入れに邪魔になったと思う。

天皇や皇室の話題は、歴史、伝統をかざして煽(あお)れば、ナショナリズムを高揚させやすい。それは、政治がメディア操作で簡単にできる。今上天皇は、基本的人権と国民主権、平和主義の日本国憲法に基づく天皇であることを体現し、平成の時代を振り返って、何よりもこの30年間、日本に戦争がなかったことを喜んでおられる。天皇の神格化など望んでおられないのだ。(元オークラフロンティアホテルつくば社長)

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