《続・平熱日記》36 実家と有名人② 「エバ」の貞本ギコー


【コラム・斉藤裕之】さて実家の家探しも終わり、次の日は弟が手に入れたという漁船で粭(すくも)島から弟夫妻とかみさんと出航。この島はフグのはえ縄漁の発祥地で、小さいころから親父に連れて来られた馴染みの島です。

出航後、わずかな時間で漁場に到着。前日の強風もぴたりと止んで、春の瀬戸内はのたりのたり。ですが、潮の関係か腕が悪いのか、アジが少し釣れただけで、餌もなくなり早々と納竿(のうかん)を決め港に戻りました。

そこで待っていらしたのは、先程洋上で同じく釣りをしていたヒサユキさんとおっしゃる弟の友人。島育ちの大先輩です。「持って行きさん」と、丸々太ったメバルをクーラーいっぱいに分けてくれて。ちなみにヒサユキさん、生まれてこの方、死んだ魚は食べたことがないそうな。

もらった魚は、すぐ近くで週末古民家蕎麦(そば)屋「ホーランエー食堂」を営む、これまた弟の親友トオルちゃんのところで、シゴ(魚をさばいておろすこと)をさせてもらいました。おまけに、抜群に美味しいお蕎麦までごちそうになって。ちなみに「ホーランエー」とは海中をお神輿(みこし)担いで渡る、粭島に伝わる神事のかけ声から。

富士山を見ると受験に失敗する?

さて、まだお昼過ぎ。かみさんは随分前に訪れた錦帯橋に行ってみたいというので、車に乗り込みました。時おりしも桜の開花宣言直前。これは幸い。咲き始めると大渋滞。天気もよく、外国語が飛び交うケーブルカーで岩国城へ。天守からは、遠く瀬戸内の島々、眼下には蛇行する清流、錦川に錦帯橋。世界遺産を目指しているのも頷(うなず)けます。

その夜は、春告魚、メバルの煮つけ。「身がホロっととれるんよ」と、メバルを食べるたびに母は口癖のように言っていたよね、と義妹。母は煮つけを「メバルを炊いたん」と言っていた。お風呂も、「薪で焚いたん」のに入って熟睡。ある意味とても贅沢(ぜいたく)。

帰りの新幹線で思い出すのは、18の春、ともに大志を抱き上京したもう1人の友。「エバンゲリオン」のアニメーターとして、今や世界に名を馳せる貞本義行。こちらも小中高の幼馴染(おさななじみ)。愛称は名前の音読み「ギコー」。

私が漠然と美大にあこがれていたころ、彼はアニメーターになるべく、確実にその歩みを進めていました。同じ新幹線に乗って上京した折、初めて見る富士山に感動している私と対照的に、彼は富士山を見ると受験に失敗するというジンクスを守り、決して見ようとしませんでした。

「富士山がきれいにみえるよ」。今はかみさんと眺める自分がいます。「パパ、絵描きが有名になるには3つの方法があるの、知ってる?」「もはや残されたのはただひとつ。長生きすること」だって。「ひかり」は「のぞみ」に、「平成」は「令和」に。まあボチボチいきましょう。(画家)

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