《続・平熱日記》35 実家と有名人① 「まんぷく」の福田君


【コラム・斉藤裕之】いよいよ山口の実家を処分するということになり、かみさんと帰省。実家は築45年の鉄筋コンクリート製ときたから、壊すにもチト厄介。しかし、何年か前には県内3位の地価となった便利な住宅地。上物があってもすぐに売れるとのこと。ここは親父の先見の明に素直に感謝して。

目的のひとつは、家業の名残として唯一残された活版印刷機の救出。何10年ぶりに見る黒々とした鋳物の雄姿。名刺やはがきを印刷する輪転機という代物。150キロはあろうかと思われる昭和の遺物を、弟と2人でなんとか軽トラに積み込みました。

大方のものはすでに処分してあったのですが、残された箪笥(たんす)の中や押し入れを最終チェック。母の花器や着物、父の蔵書など価値はわかりませんが、とりあえずさよなら。花や茶の湯を愛した母と物書きだった父。大工と絵描きになった息子たちのルーツをちょっぴり感じました。

結局、小さな段ボールひとつと、かみさんとの結婚式のアルバムをぎりぎりの判定で救出。これは、来たる長女の結婚式の折に家族で見て大笑いするためのネタです。

「コロンバン」のきれいなお姉さん

ところで、実家の2軒隣には「コロンバン」という大変流行っている喫茶店がありまして。話は私が中学生のときですから、かれこれ45年も前。そのころ、2階は2世帯ほどが暮らせるアパートとして貸しておりました。そのひとつに、このコロンバンの娘さんが住むことになりました。

とても若くきれいなお姉さんで英語を教えてくれるというので、中学の同級生数人が集まりました。おかげで、私は英語が好きになり成績もアップ。何を隠そう、そのときに机を並べて一緒に習っていたのが、「龍馬伝」「ヒーロー」や「まんぷく」で今や超売れっ子の脚本家・福田靖君。

記憶というのは面白いもので、弟が覚えているのは自宅にて坊主にしていた福田君。頭を半分刈ったところでバリカンが壊れてしまい、キカイダーのような頭でうちにバリカンを借りに来たそうで。私の中の福田君は勉強も運動もよくできるイケメンでした。

さて、片付けが一段落ついたところで、コロンバンでお茶にすることに。店内は相変わらずの満席。帰り際に、実家を手放す話をカウンターの中にいた先生の妹さんにすると、「姉は随分前、胃がんのため43の若さで亡くなりました」と。福田君の活躍の話やら先生の近況をお伺いできたらと思っていましたが…。

気を取り直して、車で30分の中国山地の山間にある弟の家まで。印刷機を小屋にしまうのが一苦労でしたが、電源を入れてみようとスイッチオン。「ガッチャン」とローラーが動いたときは、その重厚なアナログ感に弟と感動。実際に活版印刷を試みるかどうかは次世代に託すとして、とりあえずミッションコンプリート。(画家)

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