【コラム・山口絹記】授業終わりのチャイムが鳴ると、先生が言った。「来週は山口さんに講義してもらいましょう」。最前列に座ったままノートをとっていた僕は、教壇に立つ先生を見上げながら、思わず「は?」と聞き返した。

10年以上前、私がまだ大学に入学したばかりの春のことである。

その講義は金曜日の5限にあった。講義初日、現れた先生は、ピシッとアイロンのかかったシャツに、ベージュのパンツとベスト、そして髭(ひげ)。教壇に立つと、懐中時計を取り出して机に置いた。

「この講義を受講しているのは残念ながら3人だけです。でも、ひとりでも聞いてくれる人がいるなら、僕は講義をしたいと思います」。先生はそう言った。

すぐに脱線して寄り道ばかりの講義に、僕は夢中になった。キリスト教、アメリカ史、農業、資本主義、戦争、讃美歌。質問をするたびに新しい世界が広がった。

ある日、先生が言った。「来週の先生はあなただ。今日の続きを、1時間講義してください」。僕は混乱しながら、閉館間際の図書館に走った。借りられるだけの本を借りて、必死に読みあさった。大学に入学して、まだレポートも書いたことがなかった僕が、レジュメをまとめ、講義の構成を考えた。

「知る」ことと「学ぶ」ことは違う

1週間後、僕は教壇に立った。調べたことの全てを教室にぶちまけながら、1時間講義をした。視線で先生に助けを求めても、先生は微笑むだけで何も言ってくれない。講義の内容はしっかりと調べてきたはずなのに、話が続かない。広がらない。いつもの先生の講義とは全く違う。しかし、原因がわからない。しどろもどろの1時間。受講者からの質問は1つもなかった。

僕がすっかりしょげて立ち尽くしていると、先生は言った。「いい講義でした。楽しかった。講義を受けたのは久々です」。僕は何も言えなかった。「講義をするって、意外と難しいでしょう? 知っているだけじゃ講義はできないんですよね。だから、僕も学び続けています」

僕は先生のことばに、頭をガツンと殴られた気がした。”知る”ことと”学ぶ”ことは違うのだ。19歳の僕は、そのことを、実感を伴って思い知らされた。

僕は、講義のための情報をかき集めていただけだったのだ。講義という課題を遂行するためだけに”知る”ことに必死になり、”学ぶ”ことを忘れていたのだ。質問がなかったのも当然だ。僕自身が問いを立てることもなく、情報を垂れ流していただけだったのだから。

僕はその講義で、大学生活初めてのレポートを書いた。先生は僕の書いたレポートを読んで、大学のレポートの書き方というものを一から教えてくれた。「すぐに書き直してください。再提出したものを評価しましょう」と先生は言いながら、少し楽しそうだった。

講義の成績はAだった。「Sはそう簡単にあげられませんからね」と先生は言った。

あれから10年以上たった。今でも先生とはたまに連絡を取る。私は学び続けている。これは恐らく、先生のせい、いや、おかげなのだ。(言語研究者)

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