《ご飯は世界を救う》9 日本人に合った中華「栄花林」

中華料理「栄花林」

【コラム・川浪せつ子】中華料理「栄花林」さん(つくば市手代木)は、今年で創立20年だそうです。中華料理でありながら、なんとなく和食に通じる感じがあり、地域の皆さんに愛されています。

以前、このお店の向かい側の4階建ての団地に10年ほど住んでいました。東京から嫁いで来た37年前。窓からは畑と田んぼしか見えず、都内に仕事で週1~2回通っていたにもかかわらず、知り合いもいず、孤独感がいっぱいでした。騒々しい都会から来た私は、カルチャーショックならぬ、ネイチャーショックでした。

やっと授かった息子の育児は思いのほか大変。団地前にマッサージ院が出来たので行きました。そしたら、今度はその横にオシャレなカフェが。ここがのちに、カフェ→天ぷら屋→「栄花林」さんとなりました。

カフェや天ぷら屋が長くは続かなかったわけは、いろいろあると思います。そんな中、「栄花林」さんが20年も続いているのは、あまり高くない、日本人に合った中華料理ではないでしょうか。ここのオーナーシェフは、大きなホテルで修行を積まれた方だったそうです。筋金入りなのですね。続けるということは簡単ではないと思います。そんな「栄花林」さんにエールを送りたいです。

毎日が違う毎日

どうにか20歳過ぎから、建築の完成予想図の仕事を続けています。仕事について悩んだときがありました。「私は才能というより職人肌だ」。そう思い選んだのですが、不妊治療、知った人もいず、北側の4畳半の仕事部屋で毎日毎日。「やめてしまおうか」と何度も思いました。

「八百屋さんは何で毎日毎日八百屋さんをやれるのだろう?」。連れ合い「それはね、毎日同じ八百屋でなくて、違う八百屋だからじゃない?」。

毎日同じように見えるけど、日々努力、観察していると毎日が違うということだと。まさに目からうろこでした。「私はなぜ仕事をしたいのか」を突き詰めると、「いろいろな人に会えるから」だったのです。いろいろな人に会うことで様々なことを知り、仕事を通じて人生が広がり深くなっていくのだと思いました。それが仕事とかかわり続けることが出来た私の秘訣でした。

才能豊かな親友の無念

かつて私は美術大学の短大に通っていました。美大の時Mちゃん、Uちゃんと親友になりました。Mちゃんは専攻科に1年残り、最大手のジュエリーの会社に就職しました。そして、「世界パールコンテスト」でグランプリを取るのです。しかし、運命の神様はときどき酷なことをなさるのです。グランプリの表彰日がお葬式に。交通事故でした。

Uちゃんは特別優秀で、短大から4大へ編入、卒業制作は大学買い上げになりました。ですが、彼女は体が弱かったのです。素晴らしいデザインを多々生み出しましたが、闘病の末50代で天に召されました。

2人の才能豊かな親友の無念。そして何よりも辛いのは、彼女たちのご両親がまだ健全だったことです。続けるということが簡単でないこと。彼女たちがまだ創作活動を続けることが出来たなら、どんな作品を残してくれていただろうか。残してくれた、指輪とネックレスを見ながら今も思うのです。(イラストレーター)

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