《映画探偵団》17 「東の桜川」が目覚めるとき


【コラム冠木新市】旅のカタログ雑誌が送られてきた。もうすぐ桜の季節である。桜紀行の企画がページを飾っている。中でも、お伊勢参り、都をどり、3大名城(姫路城・彦根城・二条城)などと組み合わせた「吉野千本桜」の企画が目を引き、人気振りが伝わってくる。

「西の吉野と東の桜川」と並び称された「東の桜川」はどうか。吉野のヤマザクラは約3万本、桜川は約55万本。筑波山のヤマザクラを加えると圧倒的な数を誇るのに、企画は一つもなく、まるで人気がない。「東の桜川」は眠っているのだ。

このことが『桜川芸者学校』(2016~)の演劇を始めた要因でもある。桜川市、つくば市、土浦市を流れる桜川に残る伝説・民謡・文化を紹介することで、人々の心を刺激しようと思った。

これまで5作上演した。第2章では、茨城県を舞台にした唯一の能、世阿弥作の『桜川』を題材にした。人買いに買われた息子を探して、日向の国から桜川に流れてくる母親を描き、桜咲く時期に息子と再会を果たす、ハッピーエンドの物語である。

このお話を、3.11東日本大震災で息子を亡くした母親が相馬から桜川へと流れて来て、あの世の息子からのメッセージを聞くという物語に仕立てた。

市川崑監督の『犬神家の一族』

この台本を作っていたとき、市川崑監督作品の脚本家・日高真也先生との思い出が蘇った。日高先生によると、『犬神家の一族』(1976)の脚本が完成したとき、プロデューサーの市川喜一氏が読み、「これは『岸壁の母』ですなあー」と感想を述べたという。

『岸壁の母』(1955)は、戦地に行った息子の帰りを舞鶴港で待ち続けた母親の実話を基にした歌で、菊池章子が歌い、1974年には二葉百合子の浪曲調の歌で大ヒットした。

『犬神家の一族』は探偵の金田一耕助を主人公にした横溝正史の推理小説で、犬神家の遺産相続をめぐる連続殺人事件を描いている。この脚本の本質が、プロデューサーの何気ない一言で浮き彫りになった。映画は、戦地に行った息子佐清の帰りを待つ母親松子の姿を描いたものである。

ラスト近くの謎解きのシーンで、松子は本当の息子佐清と再会する。それまでのゴムマスクをかぶった佐清は偽者で、不安気な松子の微妙な表情が描写されている。

その後、何度もテレビ化され、舞台、劇画にもなり、40年を過ぎた現在でも語り継がれる名画となった。戦後に活躍し忘れ去られていた、横溝作品を映画化した角川春樹プロデューサー。オドロオドロしい殺人事件を、母親と息子の愛の物語に演出した市川崑監督。忘れられた作品を掘り下げることで泉となり、新しい流れを作った。

東日本大震災から8年。これまで続いていた3.11のイベントが、桜川市、つくば市、土浦市から消えた。桜川流域には、大震災で避難してきた人たちが暮らしている。「東の桜川」は目覚めのときを待っている。これからも桜川の文化を掘り下げるとともに、同じ思いを抱く人との出会いを信じたい。「東の桜川」が旅のカタログ雑誌に載ることを夢見つつ。サイコドン ハ トコヤンサノセ。(脚本家)

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