【コラム・相澤冬樹】三夜様(二十三夜尊)で、ご祭神の月読命(ツクヨミノミコト)は男神か女神か、尋ねるものがいる。記紀では性別どころか月読の記述自体、ほとんどない。古事記では伊邪那岐(イザナギ)命が黄泉国から逃げ帰ってみそぎをした時に右目から生まれたとされ、もう片方の目から生まれた天照(アマテラス)大神、鼻から生まれた須佐之男(スサノオ)命とともに三神(三柱の貴子)を成すとされるが、きょうだいの天照、須佐之男に比べ、月読の影はすっかり薄い。

日本書紀では神産みの段で語られるのが唯一の活躍(?)シーンだが、これが何とも残念な登場の仕方なのだ。

「天照大神に命じられ、月読命が保食神(ウケモチノカミ)の所へ行くと、保食神は、陸を向いて口から米飯を吐き出し、海を向いて口から魚を吐き出し、山を向いて口から獣を吐き出してもてなした。月読命は『吐き出したものを食べさせるとは汚らわしい』と怒り、保食神を斬ってしまった。それを聞いた天照大神は怒り、もう月読命とは会いたくないと言った。それで太陽と月は昼と夜とに別れて出るようになったのである」

穀物の起源として語られる神話ということだが、その役回りを担ったのは保食神にほかならない。こちらは女神であるらしい。五穀豊穣の神といって差しつかえない。

境内には植木市や刃物商らの露店

保食神をまつる神社がご近所にある。10日に豊作祈願の縁日、初午(はつうま)を迎える女化神社(龍ケ崎市馴馬町、青木紀比古宮司)である。江戸時代から初午には門前市をなすにぎわいがあったらしいが、いつごろ始まった行事か尋ねても、宮司は「よく分からない。戦後ずっと続いていることは確か」という。

参道には狛(こま)犬の代わりに狛狐を置き、「女化稲荷」の呼び名もあるほどだから、すっかり稲荷社で、祭神は宇迦之御魂神(ウカノミタマ)と勘違いしていた。そもそも、狐が女に化けた(女が化けたのではない)伝承が地名のいわれとなっている。神社由緒には次のようにある。

「創建は、永正6年(1509)。往昔は稲荷大明神と称したりと傅(つた)ふ。後年、地名を女化と称するに至り、女化稲荷社と称す。明治2年(1869)、保食神社と改めたれども女化の旧称は世俗に慣通し明治17年(1884)、更に女化神社と改称するに至る」

元は龍ケ崎市の来迎院の守護するところだった。明治の初めの神仏分離で神官を迎え、祭神の保食神を立てた社名にしたが、「女化」の名が捨てがたかった。今日、女化の地名は牛久市に属し、神社のみ龍ケ崎市の飛び地となるに至る、いろいろいわくがありそうだ。

初午は新暦で行うところが多くなったが、女化神社は旧暦2月最初の午の日に行う伝統を貫いてきた。豊作祈願の縁日だから、農事暦的には3月の声を聞いてからがふさわしい。境内には植木市やら刃物商らの露店が並び、春の準備を本格化させる。今年は日曜日に重なり、例年を上回る人出が予想される。春の訪れは女神にこそ告げてほしい。(ブロガー)

◆女化神社(龍ケ崎市馴馬町5379)電話:029-872-2237

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