【コラム・沼尻正芳】我が家の猫(ハナ)は19歳になった。人に例えると、100歳の長寿である。

小学校教頭だった20年前、毎朝、子どもたちと登校してくる野良猫がいた。黒と白のきれいな猫で、学校敷地に住みついてしまった。子どもたちが家に連れ帰っては、学校にまた戻ってきた。校内見回りする私にも、猫はすり寄ってきた。ある日、砂場で用をたしている猫を見た。何とかしなければいけないと思った。

我が家には若いビーグル犬がいて、代々の猫は途絶えていた。家族を説得して、野良猫を連れて帰った。人なつっこい猫だったが、動じない性格で野性的なところがあった。野良猫は犬より態度が上になり、犬の散歩にもついてきた。数カ月後に子猫が生まれた。その1匹にハナと名前をつけた。

猫たちは犬と仲良く共存していたが、よその犬や猫には闘争心をむき出した。そんなとき、ハナはいつも逃げ回っていた。ハナ以外の猫たちはたびたび喧嘩して帰ってきて、その傷が原因で早く亡くなってしまった。

ハナの親兄弟は、りりしい顔のタキシードキャット(黒と白)だった。ハナも黒と白の毛色だが、狸顔、体型は少しずんぐりしている。臆病な性格だが、外にいることが好きで、今も庭を駆け回る。夜は膝の上にやってくる。黒い毛元は真っ白で、ノミがつかない。危険を感じると逃げ回るから、けがも病気もしない。だからハナは長寿なのだろう。高齢になって、ハナの黒い毛色は灰色になってきた。

存在感には光や陰影が欠かせない

私が絵を描いていると、ハナはアトリエに入ってくる。お気に入りの椅子で眠るのが日課だ。ハナはすぐに絵のモデルになった。寝ているときはスケッチして、動いているときは写真を撮って描いた。猫の絵も人物画も、描いた線や形がほんの1ミリずれると、表情や雰囲気が変わってしまう。

猫の耳、目、鼻、口、ひげ、顔も体も毛色も毛並みも、そのバランスは絶妙だ。眠っているハナ、見つめているハナ、ゴロンと転がっているハナ、あくびをしているハナ。ハナの絵は、年々増えていった。

グループ展や個展などで、ハナの絵を展示した。それを見た友人が「自分のペットも絵にして」と言ってきた。預かった写真はどれも愛情に溢(あふ)れていた。写真はフラッシュ撮影が多かった。フラッシュで撮ると、目や陰影が自然でなくなってしまう。リアルな感じや存在感を出すには、光や陰影が欠かせない。友人のペットを描くことで、改めて光と陰影の大切さを教えられたようだ。

その後、以前描いた絵の光や陰影を見直した。加筆し、明暗をより強調してみた。そうすると、目にも顔の表情にも深みがでてきた。主役と背景の関係も、奥行きも微妙に変化してきた。ペットはかけがえのない家族だ。家族の歴史と存在感、命の輝きや体温の温もりが感じられるような作品を描きたいと思う。(画家)

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