《ひょうたんの眼》13 国境はいつまであるのだろうか

北海道庁(裏門)に掲げられた四島返還の横断幕(資料写真)

【コラム・高橋恵一】「わが国固有の領土」の表現ほど、人々のナショナリズムを鼓舞する言葉はあるまい。しかし、国土は広いほどよいのだろうか? 各国は、15世紀の大航海時代から第2次大戦まで領土拡大に熱心だったが、近年の先進成熟国は、領土や人口の拡大より、国民経済の充実、生活環境の充実を求めるようになってきたのではないか。EUの壮大な取り組みは、世界の新たな趨勢(すうせい)と考えてよいのではないか。地球に国境はいらないのではないか?

周囲を海に囲まれ、永く鎖国を続けていた日本は、国境を意識することは少なかった。しかし、18世紀末になると欧米列強のアジア進出が強まり、アヘン戦争による清国の状態に刺激され、ペリーの黒船来航を経て、1854年に日露和親条約、1875年にロシアと樺太・千島交換条約を結び、1876年に小笠原諸島を領有。琉球(沖縄)は、1879年に日本帰属が確立した。さらに、1891年に硫黄島編入、1898年に南鳥島を編入して、日本の東西南北が固まったと言えよう。

この当時、無人島の尖閣(せんかく)諸島や岩礁の竹島は、どこの帰属か問題にもなっていない。その後、日本は領土の拡大に貪欲に突き進み、敗戦後の1951年のサンフランシスコ条約において、本州、四国、九州、北海道とそれに付属する島を除いて、全ての海外領土を放棄して日清戦争前の元に戻った。

ところで、竹島は島か? 日本海に浮かぶ岩礁で、昔から漁師たちの目印になり、嵐の時の緊急避難などに利用された、コメ1粒採れるところでもない。安全な航行には役に立っても、生産性のある島ではない。領海や経済水域として、あるいは海底資源の可能性があるとしても、採算性があるとすれば、もっと以前から開発されていたろう。お互いに、ナショナリズムをかけて争うだけの価値があるのだろうか?

北方領土は面倒くさい

日中の悩ましい種として、尖閣諸島がある。現在は無人の島で、隣接する石垣島からも漁場としては遠く、燃料代がかかり採算が取れないのだそうだ。台湾からにしても、同様の事情で漁業者には魅力がない。まして、中国本土からは、さらに遠いのだ。竹島と同様に領海や海底資源の要素もあるが、採算が取れる見込みは薄い。もし採算性の可能性があるなら、出資しあって、利益とリスクを分け合えば済む話だ。

石原慎太郎元都知事が煽(あお)って、国際問題化してしまったが、武力衝突が起こって、1人でもけが人が出るようなら、愚かとしか言いようがない。誰も住んでおらず、野菜も果物も栽培できる広さがあるわけでもない。海上航路の目印にもなりそうもない。そっとして置いたらよい小島たちである。

北方領土は面倒くさい。歯舞(はぼまい)・色丹(しこたん)が北海道の一部なのは論を待たず、地理学的に国後(くなしり)・択捉(えとろふ)を千島列島の一部とするのが素直な見方である。サンフランシスコ条約で放棄した「千島」に国後・択捉が含まれるかどうかは、理論的には決着がつかない。しかし、ロシア(旧ソ連)にとっては、2千万人の犠牲者の代償に獲得した戦利品の領土である。

乱暴な言い方だが、日本の領土に戻すには、戦争で取り戻すか、金で買い戻すしかないだろう。歯舞・色丹の昆布や毛ガニは貴重だが、人件費の安いロシア人に獲ってもらった方が、我々は安く食べられるのではないか? 安全が保障されれば人々の往来も自由にできる。元々、アイヌ人の地である。その地を愛する人なら誰が住んでもよいのではないか。

それにしても、国境はいつまであるのだろうか。(元オークラフロンティアホテルつくば社長)

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