《ことばのおはなし》7 あなたと私のおはなし


【コラム・山口絹記】あなたは今、私が書いた文章を読んでいる。これは事実だろう。そして、恐らくパソコンかスマートフォンを使っているのではないだろうか。

いや、もしかすると、私がまだ知らない技術で生み出された、21世紀初頭で言うところの端末のような何かで、この記事にアクセスしているかもしれない。私はすでにあなたの生きる世界には存在しないかもしれない…。妄想はこのくらいにしておこう。

ここからが本題である。

「あなたはあなたの『意志』でこの記事を読むに至ったのだろうか」。文字に起こすと、我ながら偉そうな物言いになってたじろいでしまうのだが、つまり「何か他の目的でWebブラウザを開きませんでしたか?」ということである。

例えば、ブラウザを開くと、おすすめの記事やWebサイトが表示されることが多い(もしかすると「NEWSつくば」と表示されるかもしれない)。さらに、検索窓には直近の入力履歴が表示されたり、「あ」と入力すれば、「明日」「後で」などと予測変換候補が表示される。同時に、「Amazon」「明日の天気」と検索ワード候補が待ち構えている。

「あれ、何を調べるんだっけ? まぁAmazonでも見るか」などという経験はないだろうか。自らの「意識」から立ち上った思いつきをもとに、「意志」をもって何かを調べようと思っても、荒れ狂うことばの大海原を泳ぎ切らなければ、当初の目的に達することができない、ということだ。

私たちの「意識」とはなんだろうか

私たちの「意識」とはなんだろうか。もし、「意識」の一端がことばだったとしたら、あなたの「意志」で外部に出力する途中だったことばが、何かに影響を受けて変化してしまい、当初の「意識」を思い出せなくなってしまったとき、それは一体誰の「意識」で、誰の「意志」なのだろう。

「あなたは、どう思いますか?」

あなたがことばの潮流に流された結果としてこの記事にたどり着いたのだとしたら、そして、あなたにとってこの記事が、波打ち際で偶然見つけた、きらきら光る貝殻のような存在になったとしたら、私はとてもうれしい。

ちなみに、私はこの文章を、原稿用紙に万年筆を使って書いている。より正確に記すならば、メモ帳に書いたことばの寄せ集めを、たまに原稿用紙にまとめ、使えそうなものをコラムの記事として再構築している。

さらに詳細に述べるならば、この記事のもとになったのは、「スマホで何か調べようとしてたんだけど、…なんだったっけ?」というメモだ。

なぜここまでまどろっこしいことをしているかと言えば、あなたに読んでもらう文章は、できる限り私のことばで紡ぎたいと思っているからだ。予測変換には頼りたくない。とはいえ、私のことばも、所詮(しょせん)はどこかの誰かのことばの、借用と引用の寄せ集めでしかないのかもしれない。(言語研究者)

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