《法律かけこみ寺》3 酒場の弁護士は電気金魚の夢を見るか

土浦市神龍寺(本文とは関係ありません)

【コラム・浦本弘海】コラム3回目にしてネタに困ったわたしは、犬も歩けばで、弁護士が集うバーの扉を開いた。バー好きの弁護士は多い。自分がバーだからかもしれない(注:英語barには弁護士の意もある)。

耳を澄ますと、同業者の多い気安さからか、ざっくばらんに語り合う弁護士(らしき人物)の声が聞こえてくる。曰(いわ)く―

「こんど相談を受けた案件、隣人トラブルでね。ロシアのことわざに『家を買うな、隣人を買え』とあり、中国の故事に『百万宅を買い、千万隣を買う』とあるのはもっともさ。大岡政談(註:大岡忠相の裁判に仮託した小説・講談など。TVドラマ『大岡越前』はその現代版)にもこんな話がある」

(ふむふむ、どんな? とわたし)

「むかし、神田に呉服屋と紺屋(染物屋)があって、仲が悪かった。それでか、呉服屋は紺屋との敷地の境界線ギリギリに蔵を建て始めた。慌てたのが紺屋。染物には天日干しが必要なんだけど、蔵で日が遮られては死活問題だ」

「へー」と同僚。「いまだったら建築基準法53条の高さ規制や53条の2の日影規制で、一応、日照権は守られていますがね。それに民法234条1項で、建物は原則として境界線から50センチ以上離さないと建てられません」

隣人同士、仲がよいことが一番

「建築基準法も民法もない時代さ。で、結局、裁判になるんだけど、呉服屋は『自分の敷地に蔵を建てて何が悪い』と主張する。建築基準法も民法もないから、裁判は呉服屋の勝ち。最後に大岡は紺屋に『商売替えして金魚屋になり、池を掘ればよかろう』と妙なアドバイスをする。紺屋は天日干しができなければ、商売上がったりだ。仕方なく商売替えしようと、大岡の言う通り池を掘って水を入れると―」

「ははあ、境界線ギリギリに池を掘ったんですね。いまだったら、民法237条1項で池を掘るには、境界線から1メートル以上離さなければいけませんが、当時は―」

「民法もない時代さ。側に池を掘られちゃ蔵はグラグラ、今度は呉服屋が紺屋を訴えた。しかし、『自分の敷地に池を掘って何が悪い』と主張されてはかなわない。結局、蔵を境界線から3尺(註:約1メートル)離し、池は埋めることで和解成立。さすが大岡名裁きというわけさ。つくづく思うのは―」

「いまどきの裁判官は大岡を見倣え、それとも立法者はきちんと法整備をしろ? あるいは自分が困る法律論は主張するな、でしょうか?」

「いや、隣人同士、仲がよいに越したことはないと思ってね。われわれが商売替えしなきゃいけないとしても」

「まあそのときは…一緒に金魚屋をしましょうや」(弁護士)

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