《続・平熱日記》31 SDGs:持続可能な開発目標


【コラム・斉藤裕之】にわかに耳にするようになった言葉「SDGs」。「エス・ディー・ジーズ」と読みます。「持続可能な開発目標」の頭文字で、世界の国々がいろんな分野で持続可能な発展をしましょうね、という話です。学校にも大きくその内容が掲示されています。

ここに来てというか、遅ればせながら地球規模の問題をやっとこさ共有しようではないか、ということでしょうか。しかし、最近もっともらしいスローガンが上から降りてくることがよくあって、「働き方改革」や「地方創生」みたいに。

なんだか、誰かの後始末をさせられているような、うまい具合に尻拭いをさせられているような気がしてなりません。

事実、逆説的には、今のままでは持続不可能な状況がやって来るということです。なんとなく、みんな感じてはいるはずなのですが、それぞれが意識しながら生きるのって難しい?だって、もう何10年も前に石油が枯渇するって言われていましたよね。

例えば親父の口癖が「電気消せよ」だったり、パン屋で別々にビニール袋に入れられるパンに違和感を覚えたり。

例えばキング牧師やマララさん――、歴史に名を残す勇気と運命の人たち。でも、誰かがみんながおかしいと思えれば、誰かが普通に「そういうのへんでしょ」って言えれば、彼らはもっと違う人生を歩めたかもしれませんよね。平凡ではあっても。

マイクロプラスチックの話

例えば教室に転がっている消しゴム。今の子は消しゴムごとき、探しに来ませんよ。だって、駅前で予備校が配っているくらいですから。でも前から気になっていたのですが、消しゴムって石油からできていますよね。

先日あるところで、マイクロプラスチックの話を聞く機会がありました。授業後に机の上にけしカス。学校では数100人×6時間×日本中。聞けば、このけしカスがなんとマイクロプラスチックとなって海を漂うらしいのです。そして、それが魚に溜まって最終的には我々の体内に。

持続可能な社会を目指すためには、エネルギーを消費して、勉強して、間違いを消しゴムで消して…。どこかで折り合いをつけるしかないのでしょうね。というか、この辺りで折り合いをつけた方がいいと思います。

さて、最近耳にする言葉をもういっちょ。「人生100年時代」。こちらは、ある学者さんが唱えた学説から引用されているようで、簡単に言うと「これからの時代、100歳ぐらいは生きられるらしいので、生き方や社会の仕組みを考え直しましょう」ということらしいです。

人生100年時代の持続的発展可能な目標。とりあえず、ポイントカードとかやめませんか。(画家)

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