《続・気軽にSOS》28 人は別々の世界を生きている


【コラム・浅井和幸】あけましておめでとうございます。今年も、よろしくお願いします。皆さんは初詣をされたでしょうか。どのような願掛けをされたでしょうか。

私は筑波山神社に参拝してきました。多くの方が来られていて、そこには笑顔があり、とても穏やかに、すがすがしい気持ちになって帰ってきました。

客観的にとらえたら、私たちは同じ世界で、それぞれの人生を送っています。少なくとも、この文章を読まれている方は、筑波山神社にいた人たちと同じ様に、私と同じ地球上で毎日を生きてらっしゃるでしょう。

しかし、同じ世界で生きており、それぞれの感覚は似ていますが、別のものです。私がちょうどよい辛さでおいしいと感じるカレーが、辛過ぎると感じる人もいれば、甘過ぎると感じる人もいるでしょう。ある若者がくっきり見える細かな文字は、老眼が始まった私にはぼやけて見えることでしょう。

優しさを持ち続けられる強さ

私たちは、この世界を、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の五感でとらえています。たとえ同じ世界でも、五感が違えば、違う世界としてとらえているわけです。「私たちは、同じ世界で生きていますが、別々の世界を生きている」ということを知っていると、いろいろな行き違いの場面で役に立ちます。

同じ男だから考えも同じとか、同じ茨城に住んでいるのだから習慣も同じとか、同じ時代に生きているから価値観が同じとかの、陥りやすい争いの罠(わな)から逃れる大きな要素の一つとなります。

さらに、感じたことを、どの様にとらえるか、考えるかは、人それぞれ別物です。それを、言葉という道具を使って人に伝えるのですが、この言葉も正確に思考を伝えられるわけもなく…というのは、別の機会にでもお伝えします。

全ての人が、それぞれの明日に希望が持てるような世界でありますように。そのためには、現実、事実を出来るだけ受け止められるほうがよいでしょう。そして、優しさを持ち続けられる強さを持ちたいですよね。

これは、そうなってほしい、自分のその力を手に入れたいと、私が、数十年の間、願い続けていることです。(精神保健福祉士)