【コラム・坂本栄】トランプが米大統領になってから2カ月がたちました。予想通りと言うか、世界中をハラハラさせています。「100年前に戻る?トランプの世界」(1月20日掲載)では、経済は保護主義(自国経済・産業優先)、政治は孤立主義(自国第一・他国軽視)、外交は「力が支配」と書きましたが、予想以上です。
自由貿易の終わり
関税引き上げを多用する「関税原理主義」には驚いています。仮想敵国中国からの輸入を減らして相手にダメージを与えたいという理屈は分かります。しかし隣国のカナダやメキシコからの輸入品に高い関税をかけ、日本や欧州にも同様の行動を起こすというのは狂っています。
私が通信社の経済記者だったころ(1970~2000年)、米主導で貿易の自由化(関税引き下げがその柱)が進められました。南米ウルグアイまで飛んで多国間交渉を取材したこともあります。しかし自由化の流れが後退、21世紀に入ると自由貿易圏(域内は自由貿易、域外には保護貿易)が主流になります。米国、カナダ、メキシコで形成する北米貿易圏はその代表的なものでした。
ところが、トランプは域内2国に高関税を適用することで北米貿易圏を自ら壊し、両国との間の貿易を混乱させる動きに出ました。自由貿易と保護貿易の間に位置する自由貿易圏システムさえ否定、世界を保護貿易に戻そうとする動きです。
自ら国是を捨てる
トランプの孤立主義がよく分かるのは、移民嫌いです。米国は、欧州、アフリカ、中南米、中国、日本など世界中からの移民によって出来上がった国です。それを自国に都合のよい外国人を除き入国させないというのですから、米国の国是を自ら捨てるようなものでしょう。
クリントンとレーガンが大統領だったころ、私はワシントンの郊外に住んでいました。首都から車で20分のマクリーン(VA)という住宅地でしたが、右隣りはドイツ系の退役陸軍中将、左隣りは世界銀行に務めるインド人でした。どちらも米国移民(退役中将は数代前)のエリートです。彼らのような働きがなければ米国は偉大(トランプの決めぜりふ)になれなかったでしょう。
私は、マーロン・ブランド、アル・パチーノらが出演するフランシス・F・コッポラ監督の映画「ゴッドファーザーⅠ・Ⅱ・Ⅲ」のファンです。イタリア移民の生活やマフィアの世界を描いた映画ですが、彼らのようなハングリーな移民がいなければ米国の生活娯楽産業は育たなかったでしょう。
決めるのは強国?
トランプがロシア・ウクライナ戦争の仲裁に乗り出すに当たり、ロシア寄りの姿勢をはっきり示したことにも驚きました。これは米国がウクライナを見捨てることを意味します。独ヒットラー総統の領土的野心に譲歩した英チェンバレン首相を思い起こさせます。
こういった強国間の取引を目の当たりにすると、日本としても対米関係を見直す必要があるでしょう。NATOの欧州主要国は「米の核の傘は当てにならない」と思っていますから、米の核抑止力を前提に安全保障を考えている日本にとって米の軽さは深刻です。トランプが言う日米安保の片務性(米側に不利だ!)どころか、枠組み全体を再考しなければなりません。(経済ジャーナリスト)