【コラム・平野国美】最近の新聞・雑誌記事のタイトルを眺めていると、老人問題、老後問題、年金問題、少子高齢化など、加齢による問題が多く出てきます。50年前、私たちは「オイルショック」におびえ、今は「老いるショック」におびえ、悩んでいるのです。
「老いるショック」という言葉は、私のオリジナルなのかなと思い検索をしてみると、あちらこちらで使用されていました。老いる―ネガティブな意味しかないのでしょうか?
最近友人と会うと、「ああ、歳(とし)は取りたくねえ」とつぶやく機会が増えてきました。一方で、「若い人はいいねえ!」とは発していないのです。この混沌(こんとん)の時代、将来のことを考えると、「若さ」をうらやましいとも思えないのです。これから70~80年を生きていく、彼らの困難を感じてしまうのです。
いろいろな本を読むと、老後という状況を持つ動物は、人=ホモサピエンスと、シャチ、ゴンドウクジラぐらいのようです。これらの老後の時間が長いのは、「群れ」という名の集団生活にあるようです。人間に近いチンパンジーやゴリラには、老後期間がほとんどないようです。
老後問題のパラドックス
老後とは文字通り歳を取った後の意味ですが、社会的には引退後を意味しています。しかし生物学的に見ると、生殖可能年齢から死に至るまでの期間を指します。今の平均寿命で考えると、生殖可能年齢は約50年、老後が約30年になります。この寿命が90~100歳と伸びてくると、人生の半分が「老後」となってしまいます。
寿命が延びた原因は、食料状況が量的にも質的にも改善されたこと、医療福祉の発達に負うところが大きいと思います。医学は病気を解明し制御し克服してきました。新千円札の北里柴三郎先生は、新型コロナ以上のインパクトを世に与えたペスト菌を発見し、感染症の分野で活躍されました。医学の進歩は感染症やがんを制御し、寿命を延ばします。
原始的な時代は、食料を獲得できないことが寿命を限定していました。足腰が弱った時点で他の動物の食料となってしまったこともあります。それは、豊かな食料は我々を死から遠ざけ、幸せをもたらしてくれました。
しかし、斜めから見ると、医療の進歩も食料の充足も人命を延ばし、老後問題を引き起こしてしまいます。パラドックスではないでしょうか? 生きる時間が延びることにより、認知症という社会問題を生じます。認知症を制御すると次の問題を引き起こすでしょう。 パラドックスの流れが止まらない? とても悩ましいことです。(訪問診療医師)