火曜日, 4月 29, 2025
ホームコラム今、那珂市瓜連地域はてんやわんや《邑から日本を見る》154

今、那珂市瓜連地域はてんやわんや《邑から日本を見る》154

【コラム・先﨑千尋】「瓜連(うりづら)のシンボル、旧役場庁舎がなくなるんだって?」。昨年暮れから那珂市瓜連地区ではこの話でもちきりだ。発端は、昨年12月に那珂市が「瓜連支所の組織配置再編に関する基本方針(案)」を市議会に示し、1月に入ってからネットで公表。この方針に意見があれば出してほしいと、パブリックコメントを募ったからだ。

市が示した方針案の骨子は「財政の効率化と施設の有効利用を行うために、現在市役所本庁の隣にある中央公民館を改修し、瓜連支所庁舎にある上下水道部と教育委員会の行政事務室を移設する。瓜連支所窓口は『総合センターらぽーる』に移設する。支所庁舎は取り壊しも視野に入れて検討する」というもの。5年後に移設を完了するスケジュールも示されている。

いきり立った瓜連地区の住民は市に説明するよう求め、先月28日、同地区まちづくり委員会が主催する形で説明会が開かれた。この説明会には先﨑光市長らが出席し、住民も約250人が参加した。市の説明のあと、約2時間にわたって住民から質問や意見が出され、執行部の姿勢を追及する激しいやり取りもあった。

住民の反発は、基本方針案に「支所庁舎の取り壊しも視野に入れて検討する」という文言があったからだ。

説明会では「取り壊しの方針を示すのはいきなり過ぎる」「住民の声を聞かず、市役所内部で十分な検討もせずにパブリックコメント(パブコメ)を募集するのは手続として瑕疵(かし)がある。提案を撤回すべきだ」「パブコメはガス抜きではないか」などの発言があり、「維持費がかかると言うが、まだ築40年足らずだ。今後の改装費や維持費の見通しを示さなければ判断できない」という意見も出された。

旧町役場庁舎は地域のシンボル

この説明会のあと、同地区まちづくり委員会は、独自に100通にのぼる住民の意見を集約し、今月6日に市に意見書を出した。その要望の主なものは「旧町役場庁舎は地域のシンボル的な建物なので残してほしい。庁舎内にある郵便局や社会福祉協議会を残してほしい」など。

そして19日には、「瓜連・歴史を学ぶ会」と「根本正顕彰会」が「瓜連庁舎に歴史民俗資料館の拡張・利活用を求める要望書」を出した。同市には歴史民俗資料館があるが、展示や保管のスペースが手狭になり、立地環境も悪いので、瓜連庁舎に移設してほしい、という内容だ。

さらに、瓜連出身の故岩上二郎氏が参議院議員時代に立法化した「公文書館法」があるにもかかわらず、同市は公文書館が未設置であり、歴史民俗資料館の移設と併せて公文書館の設置も求めている。

市では今後、パブコメで出た意見やまちづくり委員会などの要望をまとめた上で、改めて市の方針を示すようだが、住民感情を考慮せずに、経費削減などの財政的な理由だけで住民の日常の暮らしに直接関わる庁舎を取り壊すことになれば、行政運営上も今後に禍根を残すことになる。

まず、地区住民の声を聞き、今後どうするのかも一緒に考えていくなど、慎重な対応が求められよう。(元瓜連町長)

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

4 コメント

コメントをメールに通知
次のコメントを通知:
guest
最近NEWSつくばのコメント欄が荒れていると指摘を受けます。NEWSつくばはプライバシーポリシーで基準を明示した上で、誹謗中傷によって個人の名誉を侵害したり、営業を妨害したり、差別を助長する投稿を削除して参りました。
今回、削除機能をより強化するため、誹謗中傷等を繰り返した投稿者に対しては、NEWSつくばにコメントを投稿できないようにします。さらにコメント欄が荒れるのを防ぐため、1つの記事に投稿できる回数を1人3回までに制限します。ご協力をお願いします。

NEWSつくばは誹謗中傷等を防ぐためコメント投稿を1記事当たり3回までに制限して参りましたが、2月1日から新たに「認定コメンテーター」制度を創設し、登録者を募集します。認定コメンテーターには氏名と顔写真を表示してコメントしていただき、投稿の回数制限は設けません。希望者は氏名、住所を記載し、顔写真を添付の上、info@newstsukuba.jp宛て登録をお願いします。

4 Comments
フィードバック
すべてのコメントを見る
スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最近のコメント

最新記事

「故郷」の変化を記録 解体される公務員宿舎の写真展

つくば市出身の松﨑章竜さん つくば市吾妻2丁目にあった国家公務員宿舎「筑波大学職員宿舎」の取り壊しまでの過程を記録した写真展を、つくば市出身の写真作家、松﨑章竜さん(34)が29日から、同市吾妻の県つくば美術館とつくば市民ギャラリーの2会場で同時開催している。つくば美術館では、松﨑さんが同宿舎の取り壊し計画を知った2018年から取り壊し作業を間近に控える2023年までを記録した大判写真54点が、市民ギャラリーでは、取り壊しが始まり更地になるまでを記録した大判写真約20点が展示されている。 自然と近代が同居する街並み 1990年生まれの松﨑さんが小学1年まで暮らしたのが、TXつくば駅から徒歩数分のところにあった旧・筑波大学職員宿舎だ。つくばエキスポセンターに向かい合う約3万3400平方メートルの敷地内には、16棟の宿舎が立ち並んでいた。2024年までに解体を終え、今後、筑波大学による研究・実証実験施設の建設が予定されている。 松﨑さんが記憶しているのが、歩道の両側や公園に立ち並ぶ木々など、整備された街並みに同居する豊かな自然だった。木々の隙間からのぞくエキスポセンターに立つ実物大の宇宙ロケット「H-IIロケット」や、アーチ状の最上部が特徴的な当時市内で最も高かった三井ビルなど、自然と同居する近代的な風景も、幼心に印象に残っている。 現在、東京で暮らす松﨑さんが「故郷」を撮影しはじめたのは、家族が暮らすつくばに帰省した際に、以前暮らしていた宿舎に何気なく立ち寄ったのがきっかけだった。懐かしさもありスマートフォンで動画を撮影してみると、以前は感じなかったその場所の雰囲気に面白さを感じた。その後間もなくして、宿舎が廃止されるのを聞いた。過程を記録しておくべきだと感じ、2018年から毎月1、2回、現地へ足を運んで建物や周囲の風景を撮影し始めた。 当初は作品にするつもりはなかったと振り返る松﨑さんだが、ファインダー越しにかつて暮らした場所を見つめる中で、以前は見落としていた敷地に茂る木々や草花の豊かさに気づいていく。さらに、住民の退去が進み宿舎が無人化する中で、住民がかつて育てていたツバキ、ビワの木が大きくなり建物の窓を塞ぎ、以前は刈り取られていたはずの雑草が、建物や路地など人の暮らしの痕跡を覆っていくのも目についた。そうした軌跡を追う中で「当初は建物に関心があったが、場所が持つ様々な表情に興味が移った。一つの場所を見続ける面白さに気がついた」と松﨑さんは話す。 昨年年6月に、解体される様子を記録した写真を本名の「松﨑綱士」名義で、つくば美術館で初めて展示した。同年12月には、解体で出た「瓦礫」をテーマに市民ギャラリーで写真展を開いている。今回の展示は、過去2度の展示作品を再構成した作品を市民ギャラリーで展示し、県立美術館では、初めて公開する取り壊し以前の写真を展示する。 「つくばの中心地域には、計画的につくられた街の中で自然と人が共存していた。前回の展示では、この場所を『いい場所だった』と懐かしむ人もいた。街の風景を無意識に拠り所にしていた人は多かったのだと思う。人と共存していた木々も全部切ってしまったのは残念」とし、「街の変化を記録し、観察していくのは誰かがやらなければいけないことだし、一つの対象を観察し続けることで見えてくるものがあると感じている。取り壊される前後の風景の対比を見てほしい」と松﨑は言う。 初日に展示に訪れた市内在住の三倉恵子さんは「私も以前、公務員宿舎に暮らしていたことがある。写真にあるビワの木など、自分が暮らしていた場所にもあった。写真から感じる湿気などにも懐かしさを感じた」と感想を話した。(柴田大輔) ◆写真展「アーキテクチュラル ピルグリミッジ / 建築の巡礼」は、つくば市吾妻2丁目8、県つくば美術館で、「シーイング ア プレイス」はつくば市吾妻2丁目7-5、つくば市民ギャラリーで開催。会期はいずれも5月6日(火)まで。つくば美術館の開館時間は午前9時30分~午後5時、最終日は午後3時まで。市民ギャラリーは午前9時から午後5時、最終日は午後2時まで。2会場とも入場無料。

突然発症する大動脈解離《メディカル知恵袋》10

【コラム 大坂基男】大動脈解離を知っていますか。予兆もなく突然発症して患者さんは死の淵に立たされます。テレビやネットでも時々紹介されるのでご存じの方も多いと思います。今回は大動脈解離について説明します。 大動脈解離とは 大動脈壁は、内膜・中膜・外膜の3層から構成されています(図1)。 大動脈解離とは、大動脈壁の内膜に亀裂を生じて流入血によって大動脈壁が内膜側と外膜側に剥がれた状態になることです。この亀裂をエントリー、生じた内外膜間の空間を偽腔(ぎくう)、本来の血管内腔を真腔(しんくう)と呼びます(図2)。エントリー部位に一致して強烈な胸背部痛や腰背部痛が出現します。解離の進展により疼痛(とうつう)部位が移動するのも特徴です。この解離により破裂と大動脈分枝閉塞が起きます。特に上行大動脈の解離は心嚢(しんのう)内で破裂しやすく、上行大動脈を含む解離をスタンフォードA型、含まない解離をスタンフォードB型と分類して緊急症例を識別しています(図2)。偽腔の血流と圧の増加で真腔が圧迫され大動脈分枝に閉塞が起きます。 その結果、心筋梗塞、脳梗塞、脊髄梗塞、肝虚血、腎梗塞、腸管虚血、下肢虚血などの様々な血流障害(続発症)が出現します。大動脈基部に解離が及ぶと大動脈弁閉鎖不全症で心不全を発症します。偽腔内は血栓ができやすくなるため播種性血管内凝固(DIC)を発症します。疼痛は一時的に改善し、脳梗塞、狭心症・心筋梗塞、腰痛症、尿管結石、下肢動脈閉塞、胆嚢炎などと診断され背後の解離が見逃がされる危険があります。年間発症数は人口10万人あたり3~10人、男性の方が多く、男女とも70歳代に発症のピークがあります。冬季に多く発症して高血圧との関連が示唆されます。 急性A型大動脈解離の治療 急性A型大動脈解離の死亡率は1時間当たり1~2%と考えられ、治療しなければ24時間以内に約半数が命を落とすため、緊急手術が行われます。手術はtear-oriented surgeryという原則に基づき、破裂しやすい上行大動脈と分枝閉塞や破裂の原因となるエントリーを含め人工血管に置換します。エントリーの位置により大動脈基部、上行、部分弓部、全弓部大動脈置換術が選択されます。 近年、全弓部置換術において遠位側の下行大動脈内に直視下でステント付き人工血管(オープンステントグラフト)を内挿する術式が急速に普及しました。この術式は人工血管の遠位側吻合(ふんごう)を従来法より手前で行うことができ、より安全に近位下行大動脈までのエントリーを閉鎖できるようになりました。また残存解離腔の真腔拡大・偽腔血栓化を惹起して将来の残存解離腔の拡大予防が期待されています(図3)。 急性B型大動脈解離の治療 重篤(じゅうとく)な続発症のない急性B型大動脈解離症例の死亡率は10%以下と低く、安静と降圧療法による保存的治療が選択され約3週間の入院で退院します。一方、重篤な続発症を有する症例では胸部ステントグラフト内挿術(TEVAR)によるエントリー閉鎖(+)大動脈分枝のステント留置や、開胸による人工血管置換が行われます。 保存的に治療された症例のうち将来の拡大が予想される症例は1年以内にステントグラフトによるエントリー閉鎖(preemptive TEVAR)が行われます(図4)。 慢性解離性大動脈瘤について 手術後のA型も、保存的治療後のB型も、解離が残った部分は徐々に拡大して数年から10数年の後に慢性解離性大動脈瘤(りゅう)になり、瘤径60ミリ以上が手術適応になります。人工血管の中枢が拡大すれば基部置換、末梢が拡大すれば弓部・下行・胸腹部置換術を行います。B型は広範な胸腹部瘤になることが多く、主に左開胸で下行置換や胸腹部置換が行われます。根治的治療ですが高齢者には手術侵襲(しんしゅう)が高いのが問題です。慢性解離に対しても拡大防止目的でTEVARが行われます。低侵襲ですが対症的で再治療率が高いのが問題です。 最後に 急性A型大動脈解離の手術件数は高齢者人口とともに増加していますが、救命率は向上しています(図5)。慢性期には患者さんのライフステージに応じた最適な治療法を検討します。(筑波メディカルセンター 心臓血管外科診療科長)

筑波大出身の東田旺洋選手、クミ2025アジア選手権出場へ

パリ五輪陸上男子100メートルに出場した筑波大学出身の東田旺洋(ひがしだ あきひろ)(29)選手=関彰商事所属=が、27~31日、韓国クミ市で開催される「クミ2025アジア陸上競技選手権大会」の日本代表に選出された。100m競技への出場が予定されている。 東田選手は、昨年8月3日に行われたパリ五輪で10秒19(追い風0・6メートル)の1組5着という結果で予選敗退となったが、スタート反応速度は0.129と、出場選手72人中1番のタイムという非凡な才能を見せた。昨年の日本選手権は2位、2019年のインカレ、国体は優勝している。 東田選手は「昨年のオリンピックに続き、今大会でも日本代表に選んでいただいた。韓国の地で走れることを光栄に思う。持ちタイム的には厳しい戦いになることが考えられるが、万全の準備を行い大会に臨む。目標は決勝の舞台で勝負すること。日本代表として恥じない走りをしたい」などとコメントを出している。 アジア選手権は、9月に東京・国立競技場で開催される「東京2025世界陸上競技選手権大会」の出場権獲得につながる重要な大会に位置付けられている。 東田選手は1995年奈良県で生まれ。 奈良市立一条高から筑波大、同大学院に進み、栃木県スポーツ協会を経て、関彰商事に入社した。関彰商事ではヒューマンケア部ウェルネスサポート課に所属し、仕事をしながらトレーニングに励んでいる。東田選手の記録は60メートル6秒59、100メートル10秒10、200メートル20秒60。(榎田智司) ➡東田選手の過去記事はこちら(24年7月10日付、同8月19日付)

ある日本画にまつわる縁の不思議《文京町便り》39

【コラム・原田博夫】今回は、私の親戚筋で女流日本画家KMさん(1918~2009年)の絵画にまつわる縁の不思議さについて語ります。彼女の父親は戦前に茨城県議会議員をしており、家計もそれなりに裕福でもあったためか、地元の女学校を卒業後、美術学校(現女子美術大学)に学び、生計をあまり気にせず画業一筋だったようです。 私の父と母が土浦市に転居した際(1954年ごろ)、KMさんは近くに居住していたこともあってか、転居祝いにと自作の絵画を持参してくださいました。筑波山を正面から描いたもので、それ以来、わが家の居間の鴨居(かもい)に飾ってあります。子供時代の私も、その時の光景や会話をかすかに記憶しています。 それから約65年。コロナ禍前の2019年晩秋、私の家内が水戸でのお茶会で、HKさんという方とやり取りする機会がありました。その方は筑西市(旧下館市)にお住まいの未亡人で、KMさんの甥(おい)だったご主人HT(歯科医師)さんが数年前に亡くなり、遺品の中にあったKMさんの絵画(大判の10数点)の引き取り手を探しているとのこと。 家内からその話を聞き、数カ月後、筑西のご自宅を訪ねました。拝見すると、いずれも150号(227センチ×162センチ)程度で、襖(ふすま)や障子が多く壁の少ない日本家屋では設置場所が無いため、引き取り手を探すのが難しいのもうなずけました。最初は地元市役所に話したそうですが、専門家が選定したものをすでに数点収蔵しているため、これ以上KMさんの絵画を収蔵することはできない、との回答だったそうです。 日展特選の絵画「おおづる」 そこで私は、2、3の知人や親戚に話を向けました。土浦ロータリークラブの仲間FA君に打診すると、KMさんは親戚筋でもあり、経営している病院が増築中なので、その壁面に数点飾れるのはありがたいと、快諾を得ました。私の父の生家(旧八郷町半田)では、江戸時代後期の屋敷を維持していることもあり、土間上部の大きな梁(はり)が組み合わさった空間に飾ることが可能であることも分かりました。 一方、土浦市内の拙宅(父の生家の隠居家屋を移築)ですが、玄関脇の応接間に壁があり、そこに150号を収蔵するスペースがありました。たまたま父親が残していた「第14回日展特選集(1982年)」に、この絵画「おおづる」が特選の一点に選ばれたことが写真と共に記録されていました。 ともあれ、こうしてKMさんの絵画数点は、何とか関係者に収めることができました。すると1年後、小学校からの友人YY君が拙宅を訪ねて来て、玄関に入るや否や(半分程度しか見えないにもかかわらず)これはKMさんの絵画ではないか、と言うのです。KMさんは自分の親戚筋でもあるので、ここに落ち着いてよかったと言ってくれました。 しかも、自分の妹TNさんがKMさんに絵画指導を受けていたので、見たいというかもしれないとまで言うのです。1カ月後に、YY君が妹TNさんと絵画教室仲間だったご友人と連れだって拙宅にお見えになり、喜んでいただけました。 これを奇縁というべきか分かりませんが、人のつながりは大事にしたいものだと、しみじみ感じているところです。(専修大学名誉教授)