【コラム・坂本栄】メディアに携わっていると、表現の手段である言葉には敏感になります。ある事象を簡潔にしかもイメージが膨らむように伝えるには、どういった言葉を使ったらよいかと。5月19日、つくば市で山水亭を経営するサンスイグループの創業100周年パーティーがあり(記事は同日掲載)、祝賀スピーチの中で「つくば業」という言葉を聞いたときには、これは使えると思いました。
式では来賓トップで、中村喜四郎衆院議員(茨城7区=グループ創業の地常総市を含む選挙区)が基調講演のような祝辞を述べ、サンスイのビジネス形態(つくば市内でホテル・レストラン事業、ペット事業、教育事業などを展開)を「つくば業」と呼びました。業種ではなく、これら事業を展開しているエリアに注目して「つくば業」と言ったわけです。
「さすが喜四郎さん」と、老練政治家の言葉のセンスに感心したものです。でも後で、これは議員の造語ではなく、グループの東郷治久代表の用語であることが分かりました。式招待状の中のサンスイグループ小史に「祖父の代には米穀業、父の代には映画館経営、旅館業、そして私の代には『つくば業』と大きく変化してきました」と記載されていたからです。
「つくば業」を私なりに定義してみます。学園都市つくばは、元々山林や田畑ですからビジネス用地は十分。筑波山など観光資源も豊富。大学や研究所が集まり教育環境は良好。東京との間に新鉄道TXもあり居住にも仕事にも便利……。こんなエリアで展開する事業の集合体と言ったらいいでしょうか。
グループのペット事業(筑波山近くの犬の動物園や犬の養老園)も、ホテル・レストラン(筑波山神社前のホテルや市内の和風宴会場)も、教育事業(ペット専門学校や日本語学校)も、つくばの地の利と特性を生かしたビジネスと言えます。まさに「つくば業」です。
ひとつの業種にこだわるな
今は魅力的な地域(面)での事業展開ですが、サンスイが面白いのは、事業環境の変化(時間軸)に合わせて、業種をスクラップ&ビルドして来たことです。
先の小史によると、祖父は、戦時統制で米穀商(東郷商店、現常総市)の妙味がなくなると、鉄道経営(現常総鉄道)に乗り出したそうです。父は、テレビの普及を見て映画館経営(県西県南県央で17館)を止め、旅館経営(筑波山神社前)に進出したそうです。そして、東郷さんは、科学万博のころ拠点をつくばに移し、上記の「つくば業」を構築してきました。
私が常陽新聞の名士インタビュー欄を担当していた5年前、東郷さんにも登場してもらったことがあります。その中で「うちの家訓は『一つの業種にこだわるな。一つよい時に違うことをやっておけ。9勝6敗でいい。商売は失敗してもいい』です」と話していました。祖父、父の体験が詰まった言葉です。
ビジネスには流行(はやり)すたれがあります。定着した事業(家業)を止めるのも、新しい事業を始めるのも、容易ではありません。そのリスクに怯(ひる)むなということでしょう。(経済ジャーナリスト)
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