金曜日, 7月 3, 2026
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大学生のための「家出マニュアル」プロジェクト 筑波大生が企画、5月noteに公開へ

【田中めぐみ】虐待サバイバーの体験談を募集し、大学生のための「家出マニュアル」を作るプロジェクトを進めている学生がいる。筑波大学人間学群で社会福祉について学ぶ3年生の山口和紀さん(20)。体験談は5月にウェブサービスnoteに有料公開予定で、売り上げは執筆者に還元するという。

家出は虐待からの自主避難

山口さんは大学1年の時に、親からの虐待を生き延びたサバイバーたちが書いた手紙を収めた本『日本一醜い親への手紙 そんな親なら捨てちゃえば?』(Create Media編)を読んだ。同世代が手紙を寄せていることにショックを受け、ツイッターで本の感想をつぶやいたところ、この本の企画をしたライターの今一生(こんいっしょう)さんから返事をもらい、児童虐待防止をテーマとした講演会を企画した。昨年5月の2日間、コワーキングスペース「Tsukuba Place Lab」(つくば市天久保)に今さんを招いて「子ども虐待防止講演会」を開催した。

講演会で参加者の話に耳を傾ける今さん=昨年5月、コワーキングスペース「Tsukuba Place Lab」(つくば市天久保)

講演会には筑波大学の学生らを中心に2日間でのべ41人が参加。虐待問題について様々な議論が行われ、実際に虐待を受け、生きるために家出をした体験を語った人もいた。家出しなかったら死んでいたという話を聞き、山口さんはそれまでの価値観がひっくり返された気がしたという。「家出」という言葉には「してはいけないこと」「悪いこと」というイメージがあったが、体験者の話を直接聞き、「家出」は被虐待者の自主避難であることを知ったと話す。

また今年3月、ある地方大学に通う大学生が自らの虐待体験をつづって、インターネットにアップした記事を目にした。この大学生も「家出」することによって生き延びていた。2人の壮絶な体験から、「家出」がなければ死んでいたかもしれないサバイバーの実態を知り、山口さんは何かをしなければならないという気持ちにさせられたという。

5人の家出体験記を募集

被虐待者の家出には、ある種の技術が必要になるが、社会的に家出が推奨されることは少なく、支援する団体も多くない。具体的なやり方を教えてくれるところが無いため、家出成功者の体験談をモデルケースとして参考にするしかない。

そこで山口さんは、実際に家出に成功した大学生の体験談を集めた「家出マニュアル」を作ろうとプロジェクトを立ち上げた。目標は100人の体験談を集めることだが、まずはツイッターで呼びかけ5人を募集したという。

家出の定義は、「生活拠点を親元以外に移し、自分一人で生活を成り立たせていること」。親に内緒にしているかどうかは厳密には問わず、親に反対されている中強行する場合も家出に含める。虐待親の元で育った人、家出の経験がある人、2019年4月時点で大学生または大学院生であることを条件として募集したところ、すぐに5人の枠が埋まった。体験記を寄せてくれた5人には原稿料を渡したいと山口さんが自腹を切った。

少ない大学生への支援

なぜ大学生を対象にしたか、山口さんは「大学生は10代と20代、未成年と成年の間だから」という。18歳未満は児童相談所など公的支援が受けられるが、18、19歳への支援は薄い。また、20歳になれば賃貸契約などの契約行為に親の同意がいらなくなり、自分で決められることも多いが、未成年の内は親の同意が必要だ。女性の場合はDV(ドメスティック・バイオレンス)シェルターや支援を行うNPOなどもあるが、地方には少ないという。また、男性の場合の支援は必ず就労を前提としており、学生への支援は無いに等しいと話す。

「家出マニュアル」を作る目的は、一つは当事者のため、もう一つは「大学生の虐待」という問題に社会の目を向けることだと山口さん。このプロジェクトが問題提起とし、支援を増やしていきたいという。山口さんの専門は社会福祉で、自分の体験談を語ることは劣等感や屈辱感を低減することにつながり、癒しにもなることを学んだそうだ。「このプロジェクトによって教会のように困っている人たちが集まれる場所を作りたい。困っている人たちがつながり、助け合うコミュニティを作りたい」と目標を語った。

➡「家出マニュアルプロジェクト」のnoteページ

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バイシクル・ダイアリーズ ⑶《ことばのおはなし》94

【コラム・山口絹記】前回記事では、譲り受けたロードバイクで筑波山に登ってみることを思いついたところまで書いた。そして、この記事を書いている今、私はひとり佐賀県のホテルに輪行袋に入ったロードバイクと共に宿泊している。執筆ペースが現実に追いついていないので意味がわからないと思うが、私自身もどうしてこうなったのかよくわかっていない。このおはなしはまたいつかということで、話を戻そう。 筑波山をロードバイクで登ってみようと思いついたのはよいものの、いきなり山道をロードバイクで駆け上がる自分の姿は全くイメージできない。なんなら家の近くの洞峰公園を走るだけでも腕が疲労でしびれてしまう(ロードバイクはコツをつかむまで脚以外にもさまざまな部位に負担がかかるのだ)始末である。 そこで、以前より計画していた那須への家族旅行にロードバイクを連れていくことにした。ロードバイクは比較的簡単にタイヤを外して小さくできるはずなのだが、そのときの私にはタイヤを外すような技術はなかったので、車の後ろの座席を倒してそのままつっこみ出発した。 那須に到着した次の日。ショルダーバッグにカメラを詰め込み、朝からさっそく宿泊地の近所で爽やかなサイクリングを楽しんでいたのだが、地図を見ていると以前家族で行ったことのある那須どうぶつ王国まで20キロの距離であることに気が付いた。往復40キロならちょうどよいトレーニングではなかろうか? 出発前日に買ったばかりのサイコン(GPSで走行した道や速度、標高などを記録しておける機器)の電源を入れて私は走り出した。 全然、前に進まない… ロードバイクという乗り物は始めたばかりの初心者でも、時速20キロくらいは楽に出せる乗り物だ。これなら2時間程度で戻ってこられるかもしれない。天気は快晴で涼しさが心地よい。最高の気分で10キロほど走ったあたりで、私は異変に気が付いた。全然前に進まないのである。タイヤのパンクか?と降りて確かめるも、どこにも異常はない。 もう一度バイクにまたがってペダルを踏みこんでみるが、やはりペダルが重い。そしてようやく異変の原因に気が付いた。道がわずかに傾斜しているのだ。 徒歩や車では気にならない程度の坂道が、バイクでは明らかな負荷となるらしい。もしかして、ここから10キロずっと登坂? 以前、どうぶつ王国に行ったときは車だったので、どんな道だったのか全く記憶がない。いやしかし、行きが登りなら帰りは下りだ。頑張ればなんとかなるだろう、と軽い気持ちで再び走り出した私はその後、人生初のヒルクライムに挑戦することになる。(言語研究者)

「友達が少ない」は悪口になるか?《続・気軽にSOS》173

【コラム・浅井和幸】「だから、お前は友達が少ないんだよ」が悪口になるかと聞かれたら、私は「悪口として成立することが多いでしょうね」と答えます。どうして悪口になるかというと、一般的に「友達が多いことがよい」という価値観が優勢だからです。その上で、「友達が少ないのはコミュニケーションや人間性に悪いところがある」と補足します。 「悪口として成立することが多い」と表現しましが、いつでもどこでも悪口になるとは限らない」と思うからです。友達が少ないことのメリットを知っている相手には、悪口としての意味を持たないからです。 友達が少ないことのメリットとは何でしょう? お金や時間を自分のために使える、人間関係でのストレスが比較的少ない―などが挙げられるでしょう。それらによって、自分自身の決断力や思考力が向上し、より深い人間関係が築けるかもしれません。 私が言いたいのは、「一般的」とか「普通」といった価値観での悪口に振り回されず、それぞれの方の価値観や目的を大切にしようということです。 「浅井って変なやつ」は褒め言葉 私たちは社会的な生き物なので、どうしても多数と思われる価値観に引きずられます。自分が目指していること、面白いあるいは素晴らしいと思うこととは別の方向に向かってしまいやすいものです。 場合によっては、自分自身のために望まないこともする必要もあるでしょう。でも、それと自分の目的ではない方向に進むことは、まったく別ものです。今すぐ答えを出さなくてもよいので、自分が向かいたい方向を考えてください。 今すぐ答えを出す必要もないし、もし答えが出たとしても、その答えに縛られる必要もありません。自分が望むように変更すればよいのです。見つからなければ、いろいろ試してみればよいです。 私は楽しい人生を目的に生きていますが、皆さんも何か見つかるとよいいですね。「浅井って変なやつ、変わったやつだよね」といった言葉は、私にとって褒め言葉です。(精神保健福祉士)

医療福祉の専門学校と専門職大学を経営する戸谷さん【キーパーソン】

戸谷聰子さん(79)が理事長をしている学校法人筑波学園(土浦市湖北)が経営するアール医療専門職大学とアール医療福祉専門学校は、土浦市内を流れる新川のほとりにある。校舎の近くを車で通るたび、校名のアールとは何なのだろうと思っていた。そこで両校の成り立ちを聞きに行ったところ、スクラップ(廃止)&ビルド(新設)を繰り返して今の形になったことも分かった。 設立2年後に引き継ぐ アール医療専門職大学には、理学療法学科と作業療法学科がある。いずれも、大病院などでリハビリテーションの仕事に就く専門職を養成する学科だ。また、アール医療福祉専門学校は、看護学科(看護師の養成)、介護福祉学科(介護福祉士の養成)、日本語学科(留学生の日本語習得支援)、総合ビジネス学科(各種仕事の基礎を教育)で構成されている。 1985年、税理士だった夫が情報ビジネス専門学校を設立したのが筑波学園のスタートだった。ところが、学校設立から2年後に死去。妻の戸谷さんが学園運営を引き継ぎ、それから40年近く、理事長を務めてきた。この間、世の流れを鋭く読み、学校や学科のスクラップとビルドを進めた。機を見るに敏な経営者だ。 機敏なスクラップ&ビルド 「最初の情報ビジネス学校には約800人入ったが、1995年後ごろから減り始めた。そこで、2000年から介護保険が始まることを知り、1998年に福祉専門学校を設立し、介護福祉学科を設置した」「そのうち、大病院のリハビリ専門職が不足していると聞き、2001年に理学療法と作業療法を教える2学科を設けた」「さらに、2017年に専門職大学法が成立したことを受け、2022年に同法に基づく専門職大学を設立し、専門学校のリハビリ2学科を専門職大学に移行した」 新しい制度(介護保険、専門職大学)に機敏に反応、職業ニーズ(介護職、リハビリ職)にうまく対応するビルドと言える。スクラップの方はどうか? 創業の情報ビジネス専門学校を2021年に廃止し、まだニーズがある学科は医療福祉専門学校に移管した。2025年には、「IT化によって病院受付と医療事務員の採用が減る」と読み、専門学校の医療事務学科の学生募集を止めた。 Rをカタカナにした校名に変更 校名にアールを付けた理由が面白い。「市内には、土浦情報経理…とか、筑波研究学園…といった名称の専門学校がある。私のところ(創業時は筑波情報ビジネス専門学校)をPRするために高校を訪れると、他の専門学校と区別できないと言われた。そこで、うちの学校をよく覚えてもらおうと、1998年、アルファベットのRをカタカナにし、アイウエオのアで始まる校名に変えた。外国資本でも入ったの?と聞かれたけれど…(笑い)」 Rのイメージについて、ホームページには「『アール』は曲線・曲面を意味し、様々な生命を抱く地球の丸さを連想させます。『アール』には、地球上で、やさしい心でひとつにつながりながら、人々に貢献してゆける人材を育てたいという願いが込められています」と記載されている。 【とや・としこ】1969年、明治大学政治経済学部卒、光村印刷(東証上場会社)入社。71年に同社を退職し、夫が経営する戸谷税務会計事務所(土浦市)の仕事を手伝う。夫の死去に伴い、1987年から学校法人筑波学園理事長。1946年、常陸太田市生まれ。高校卒業後、父のサツマ芋事業の関係で土浦市に転居。土浦市在住。 【インタビュー後記】専門職大学開学から4年たち、今年から文科省の補助金が支給される。これで専門職大学は完全に軌道に乗る。次のビルドを聞くと、学校法人の蓄えの一部を基金にし、財団法人の設立を考えているという。その事業は①子どものスポーツ振興②地域緑化の手伝い③苦学生への奨学金支給―など。NPOメディアの運営者として、戸谷さんの新たな挑戦を見守りたい。(経済ジャーナリスト、坂本栄)