【コラム・山口京子】どうやって始末をつけるのか? どう片づけを考えるのか? 個人であれ、社会であれ、「禍根を残さず」とか「立つ鳥跡を濁さず」という言葉は死語になってしまったのでしょうか? 科学技術が軍事利用、商業利用されるにつけ、「禍根を残す」「跡を濁す」ケースが増えているように思えます。
今、近代西洋科学には、自然を人間の都合で改変してしかるべし―という姿勢があるような気がしてなりません。科学を利用する人間の欲望のなせる業なのでしょうか。科学技術の成果が商品化され、社会がどんどん複雑化しているのに対し、人間の思考は単純化していると感じます。次第にお手上げ状態で生きるのではないか―そんな不安がよぎります。
人間のすることは自然にかなわないと分かった東日本大震災。福島原発事故のその後について、なぜ詳しい報道がされないのでしょうか? 緊急事態宣言が解除されたとは聞きません。福島の第一・第二原発の廃炉処理はどうなっているのか? 廃炉のロードマップ、時間・費用・技術など、素人には分かりません。それでも、廃炉の費用は税金から支出されるのでしょう。
経済破綻を戦争でウヤムヤに?
パキスタンやアフガニスタンで医療活動に従事した中村哲さんの本に、こんな言葉がありました。「(国連難民帰還の)机上のプランは事情を知らぬものには説得力があったが、我々にはまるで粗悪なカリカチュアとしてしか映らなかった」と。それは彼の地を見続けた医師の声ですが、廃炉にも当てはまるのではないでしょうか。
事態がどうなっていくのか…。あれだけの大きな被害があり、今も将来も続いていくのに、責任はだれも取っていないような…。日本列島は地震の活動期に入ったと言われます。その上に、いくつの原子力発電所が建っているのか…。いつ大きな地震が来てもおかしくない今、それらを稼働させることは悪夢でしかないのでは?
各国ともども軍事費が膨張していくとなれば、未来はどうなるのでしょう? 国家は経済破綻を戦争でウヤムヤにするかもという声を聞きます。将来世代に重い負担が課せられていくでしょう。大きな負担と危険が隣り合わせの暮らしを押しつけることは、許されないはずなのに…。(消費生活アドバイザー)






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