【コラム・斉藤裕之】ちょうど24年前、大工の弟と2人でここに家を建てた。その時に内壁に使った漆喰(しっくい)が余ったので、それを木っ端に塗って絵を描いてみた。それから古いハエたたきを見つけて、その朽ちかけた金網に漆喰を塗って最初に描いたのは、小さな木彫りの馬の絵。その絵は手製の額に入れられて今も手元にある。
「平熱日記」と題してその小さな絵を発表したのが今から16年前。その4年後、タブロイド判「常陽新聞」に同じタイトルのエッセイを寄稿し始めた。新聞休刊後は、タイトルを「続・平熱日記」に変え、WEB版「NEWSつくば」に掲載してきた。これまでにざっと350話ほど。
近く「平熱日記」を出版
今年の初め、千曲市にあるアートコクーンみらいの上沢さんから「平熱日記」を本にしてみないかというメールが来た。文章もさることながら、毎回自筆の絵を載せ、それも長い間続いているのがいい、と。そう言われると、「飽きもせずに続いているもんだ」と思わないではないが、毎朝小さな絵を描き、日々の些事(さじ)を言葉でつづることは性に合っていた。
正直うれしかったが、どこか他人事のように感じた。確かに前からそういった声はないではなかったが、「それほどのもんでもない」と本人は思っていた。ところが、彼女はあっという間に立派な企画書を作り(彼女は物書きからスタート)、出版社に話を持ち掛けてくれた。紆余(うよ)曲折はあったものの、本になる算段はついた。
そこで、「続・平熱日記」となってからの200話近くから、約90話を抜粋することとなった。70話前後までの作品画像は、デジカメでWEB用に撮ったので印刷には耐えられそうもない。そこで出版を機に撮りなおすことにした。すでに現物がないものは、仕方なく別の絵の画像に差し替えることにした。
コーヒーの花が咲きましたよ!
その作業をほぼ終えた日のこと。NEWSつくばから、同メディアが配信開始から10年になるのを機に、コラムなどの顔ぶれを一新したいと言ってきた。この知らせに私は不思議な偶然を感じた。この夏からしばらく、故郷山口に帰って暮らしてみようと考えていた矢先だったからだ。私は何の未練もなく「続・平熱日記」を終えることにした。それから、このコラム「最終話」を出版される本の「まえがき」にすることを思いついた。
山口に発つ1週間前、スマホに着信が…。「コーヒーの花が咲きましたよ!」。カミさんが生前大切にしていた人の背丈もあるコーヒーの木。その後、わが子のように面倒を見てくれた「サイトウコーヒー」のマスターのやや興奮気味の声だった。送られてきてた、4年越しに咲いた星のような白いコーヒーの花の画像に「いってらっしゃい」と言われているような気がした。
コラム最後の絵は家の扉を描くことにした。家族や友人が出入りした扉。カミさんと結婚パーティーをした、今はなき東京芸大の大浦食堂からもらってきた扉の絵。(画家)






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