【ノベル・伊東葎花】
ママのおなかの中にいるとき、私は双子だった。
ふたりで、いろんな話をした。
「どっちが先に出る?」「名前は何がいいかしら」
だけど、生まれたとき、私はひとりだった。
双子のあの子は、どこかで消えてしまった。
そもそも双子だったという事実がなかった。
きっとただの妄想だ。その夏まで、私はそんなふうに思っていた。
それは、16歳の夏だった。
不思議なことは、突然起こった。
ある日、学校から帰ると、ママが怪訝(けげん)な顔をした。
「ただいま」
「あら、千夏、さっき帰ってきたじゃないの」
「え? 私、今帰ってきたんだよ」
「おかしいわね。さっき『ただいま』って2階に上がったじゃないの」
ママの勘違いだと思った。
だって、2階には誰もいなかった。
不思議なことは続いた。
「千夏、きのう本屋にいたよね」
「え? 行ってないよ」
「うそ。ぜったい千夏だったよ。かばんも靴も同じだった」
駅のホームでも
「千夏? さっき、ひとつ前の電車に乗ったのに、どうしているの?」
「え? 乗ってないよ」
「うそ。あたし確かに見たよ」
そんなことが続いた。
ドッペルゲンガーだと誰かが言った。そっくりな、もうひとりの私だと。
だけど私は思った。それは、双子の姉妹ではないか。
ママのおなかの中で消えてしまったあの子ではないかと。
きっと、違う世界で生きている。違う世界で、パパとママに育てられている。
あの子がひょっこり現れたんだ。そして私たちは、いつか出会える。
改札を抜けると、雨だった。
傘を持っていなかったので、私はママに迎えを頼んだ。
雨の音が、懐かしい記憶を呼び起こす鼓動のように聞こえた。
ふと改札に目を向けると、ちょうどひとりの少女が出てきたところだ。
心臓が止まりそうになった。
私と同じ顔、同じ髪型、同じ制服。歩き方までそっくりだ。
もうひとりの私だ。双子のあの子だ。
やっと出会えた。
双子のあの子は、手を振りながら近づいてきた。
私も手を振った。ずっと会いたかったよ。
しかしあの子は、私のとなりをスッと通り過ぎた。
彼女の笑顔は、階段の下で手を振るママに向けられていた。
「千夏、濡れるから早く乗りなさい」
ママが開けた助手席に、当たり前のように乗り込んだ。
私は慌てて階段を降りた。
「まって! 千夏は私よ。その子は違うわ」
私の声は届かない。ママの車は走り去った。
雨に打たれて立ちすくむ私を、誰も見ていない。
タクシーを待つ人も、バスへと走る人も、誰も私に気づかない。
私は、いったい誰だろう…。
「ママが迎えに来てくれてよかった。まさか雨が降るなんて」
「何言ってるの。千夏が電話してきたんでしょう。迎えに来てって」
「え? 私、電話してないよ」
「そう? なんだか最近、不思議なことが多いわね」
「ドッペルゲンガーかな」
ママのおなかの中にいるとき、あたしは双子だった。
ふたりでいろんな話をしたの。
『ねえ、どっちが先に生まれる?』
『私が先よ』
『じゃあ、16歳になったら交代ね』
(作家)