筑波大学附属病院(つくば市天久保)は2日、陽子線治療センター(櫻井英幸部長)に整備した新治療棟の開所式を行った。がんの陽子線治療施設は全国に20カ所あり、県内では1カ所だけだが、同附属病院は特に小児がんの治療で実績を積み重ねている。新しい治療棟ではエントランスから廊下、治療室に至るルートをミッキーマウスなどのディズニーキャラクターを配した壁紙でラッピングし、病気と闘う子供たちの不安をやわらげ治療の負担を安らげる。
開所式には永田恭介学長ら大学関係者、大井川和彦知事、五十嵐立青市長や医療関係者らが出席。これまでに同センターで治療を受けた子供たち8人も招待され、元気にテープカットに参加した。
第3世代の陽子線加速器

新治療棟は日立ハイテク(東京)を代表とする企業グループのPFI(民間資金活用による整備)事業で整備された。地上4階建て、建築面積1275平方メートルで、旧棟に隣接している。1階に同病院では第3世代に当たる陽子線加速器を設置した。線形(長さ約3メートル)のライナックと円形(周長約18メートル)のシンクロトロンの構成で、旧棟の従来器よりコンパクトになった。最大230MeV(メガ電子ボルト、従来は同250MeV)まで加速して、水素の原子核である陽子をビーム状にして3階の回転ガントリーシリンダー内の照射部に送る。
治療室は2室設けられ、寝台上で患者を中心に回転させながら位置決めをすることで、360度どの方向からも陽子ビームを病巣に照射できる。照射ノズルで陽子線を絞った上、1点ずつ病巣に照射していく「スポットスキャニング方式」を導入し、複雑な形状の病巣にも高い精度で対応でき、治療の安全性と効果が得られるという。
現在稼働中の治療装置(旧棟)による陽子線治療は2001年から始まり、肝臓や肺など呼吸で動く臓器への照射技術・手法を確立するなどして多くの治療実績を積み上げてきた。熊田博明陽子線医学利用研究センター長によれば、特に肝臓がんへの陽子線治療では世界一の実績があり、小児がんに対しては東日本で唯一の治療施設としてウエートを高めている。海外からの患者も目立ってきた。
子供たちに安心と勇気を
乳幼児、就学前の子供も対象になる小児がん治療は、患者の肉体的、精神的な負担が大きい。放射線治療では、寝台に子供をひとり導き、患部が動かないよう安定させる難しさなどが障害になって、各治療施設での受け入れが進まない。保護者が付き添うことはできす、鎮静剤で眠らせるケースもあるが、1回約15~30分間かかる治療は10回から50回以上、毎日のように続く。
同センターで実際の治療にあたるのは診療放射線技師。そのうちの一人、宮本俊男さん(45)は旧棟で、子供たちの心をなだめ、安心して診察台に乗ってもらう環境づくりに腐心してきた。旧棟では犬のアニメキャラクターを使った壁紙を治療室に至る動線に設置して効果をあげたが、新治療棟の計画が浮上した2020年以降、「誰にでも受け入れられる素材を探して」(宮本さん)、ウォルト・ディズニー・ジャパン(東京)に協力を要請した。同社は病気と闘う子供たちとその家族を支援するため、こども病院などに様々なプログラムを提供している。

ディズニー社の日色保社長は「最初はコールセンターにかかってきた1本の電話で、何のことかわからなかったが、話を聞いているうち是非やるべきだと思った」。同社による支援は国内5例目だが、大学病院では初めての取り組みとなった。
支援プログラムのメーンは、数多くのキャラクターが登場する「壁紙ラッピング」。治療棟3階の待合室で、患者は家族と離れ更衣室を経て管理区域に入り、治療室に向かう。長い廊下を通り、回転する寝台の置かれた照射室では対向する広い壁面に迎えられる。これらをミッキーマウス、ミニーマウス、ドナルドダックなどディズニーの人気キャラクターが埋め、長い廊下にはファインディング・ニモ、ライオンキングなどの物語世界に入っていく空間演出が施された。
病院側の希望でシンデレラも描かれた。宮本さんによれば「シンデレラは変身がテーマ。病気からも変身してほしい」との願いを込めたという。日色社長は「病院とのディスカッションを繰り返して物語世界をつくりあげた。すごいなあと思う出来だ」と感想を述べた。
治療開始は9月から
テープカットに参加し、ディズニー社からドナルドダックのぬいぐるみをプレゼントされた鏑木恵衣さん(6歳)は、4歳だった昨年2月に17日間、鎮静剤で眠らされることなく陽子線治療を受けた。「ばんざいしてタブレットでアニメを見ているうちに終わった。ちっとも痛くなかった。怖くなかった」という。
陽子線治療センターの新治療棟は9月から治療を開始。旧棟で受け入れていた患者はそのまま治療を続け、年内を目途に新棟への切り替えを完了する予定だ。(相澤冬樹)