月曜日, 3月 16, 2026
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広がるか? 壊し屋トランプの世界《吾妻カガミ》204

【コラム・坂本栄】トランプが米大統領になってから2カ月がたちました。予想通りと言うか、世界中をハラハラさせています。「100年前に戻る?トランプの世界」(1月20日掲載)では、経済は保護主義(自国経済・産業優先)、政治は孤立主義(自国第一・他国軽視)、外交は「力が支配」と書きましたが、予想以上です。

自由貿易の終わり

関税引き上げを多用する「関税原理主義」には驚いています。仮想敵国中国からの輸入を減らして相手にダメージを与えたいという理屈は分かります。しかし隣国のカナダやメキシコからの輸入品に高い関税をかけ、日本や欧州にも同様の行動を起こすというのは狂っています。

私が通信社の経済記者だったころ(1970~2000年)、米主導で貿易の自由化(関税引き下げがその柱)が進められました。南米ウルグアイまで飛んで多国間交渉を取材したこともあります。しかし自由化の流れが後退、21世紀に入ると自由貿易圏(域内は自由貿易、域外には保護貿易)が主流になります。米国、カナダ、メキシコで形成する北米貿易圏はその代表的なものでした。

ところが、トランプは域内2国に高関税を適用することで北米貿易圏を自ら壊し、両国との間の貿易を混乱させる動きに出ました。自由貿易と保護貿易の間に位置する自由貿易圏システムさえ否定、世界を保護貿易に戻そうとする動きです。

自ら国是を捨てる

トランプの孤立主義がよく分かるのは、移民嫌いです。米国は、欧州、アフリカ、中南米、中国、日本など世界中からの移民によって出来上がった国です。それを自国に都合のよい外国人を除き入国させないというのですから、米国の国是を自ら捨てるようなものでしょう。

クリントンとレーガンが大統領だったころ、私はワシントンの郊外に住んでいました。首都から車で20分のマクリーン(VA)という住宅地でしたが、右隣りはドイツ系の退役陸軍中将、左隣りは世界銀行に務めるインド人でした。どちらも米国移民(退役中将は数代前)のエリートです。彼らのような働きがなければ米国は偉大(トランプの決めぜりふ)になれなかったでしょう。

私は、マーロン・ブランド、アル・パチーノらが出演するフランシス・F・コッポラ監督の映画「ゴッドファーザーⅠ・Ⅱ・Ⅲ」のファンです。イタリア移民の生活やマフィアの世界を描いた映画ですが、彼らのようなハングリーな移民がいなければ米国の生活娯楽産業は育たなかったでしょう。

決めるのは強国?

トランプがロシア・ウクライナ戦争の仲裁に乗り出すに当たり、ロシア寄りの姿勢をはっきり示したことにも驚きました。これは米国がウクライナを見捨てることを意味します。独ヒットラー総統の領土的野心に譲歩した英チェンバレン首相を思い起こさせます。

こういった強国間の取引を目の当たりにすると、日本としても対米関係を見直す必要があるでしょう。NATOの欧州主要国は「米の核の傘は当てにならない」と思っていますから、米の核抑止力を前提に安全保障を考えている日本にとって米の軽さは深刻です。トランプが言う日米安保の片務性(米側に不利だ!)どころか、枠組み全体を再考しなければなりません。(経済ジャーナリスト)

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TX土浦延伸と「常磐新線」の復活《吾妻カガミ》217

【コラム・坂本栄】1カ月前、土浦駅西口前ビルの大ホールで「TX延伸シンポジウム」が開かれました。どんな議論になるのかと興味を持ち、私ものぞいてみました。ポイントは2月19日掲載の記事にまとめましたので、そちらを読んでください。今回のコラムでは、パネリストの意見を聞きながら勝手に妄想したことを三つ記しておきます。 妄想1・2:TXをJRが吸収 討論会の目的は、現在つくば止まりのTX(つくばエクスプレス)を土浦まで伸ばしてもらうための世論喚起にありました。実現すれば、新沿線周辺がにぎやかになり、土浦-つくばの行き来が楽になります。当然ですが、土浦市長と地元高校生は地域振興と利便性向上のメリットを強調しました。 茨城県の担当課長は、延伸のメリットは土浦エリアにとどまらず、JR常磐線経由で水戸エリアとつくばエリアが結ばれるメリットを指摘しました。県内の2大経済・文化・教育圏が鉄道でつながれば、人の往来が活発になり、両エリアの活性化を図れます。JRあるいはTXが不通になった場合、土浦駅経由で代替輸送ができますから、危機管理上もプラスです。 こういった発言を聞きながら、二つのことを妄想しました。水戸-つくばをスムーズに運行するには、JR東日本がTX運行会社を吸収合併し、単独社の管理下で相互乗り入れを実現させる―これが一つ。その際、「つくばエクスプレス」を「常磐新線」に名称変更する―これが二つ目です。計画段階のTXの名前は「常磐新線」でしたから、元の名前に戻すということです。 妄想3:茨城空港の2滑走路化 昨秋に掲載したコラム210でも触れたように、茨城県はTXを土浦駅経由で茨城空港(小美玉市)まで延伸する構想を描いています。討論会ではこの話は出ませんでしたが、私の頭の中では空港延伸もチラついていました。 県は、茨城空港の利用者が今後増えることを展望し、昨夏、その機能を強化する計画を策定しました。ポイントは、①滑走路沿いに機体移動用の走路を設ける②利用者増に対応し空港施設の機能を強化する―です。TX空港延伸は、今は自動車だけの空港へのアクセス手段を広げ、「ローカル空港」を羽田、成田に次ぐ「首都圏第3空港」に格上げする構想を踏まえたものです。 しかし、茨城空港には滑走路が1本しかなく、事故時には使えなくなるという欠陥があります。これでは首都圏第3空港の要件を満たせません。米軍横田基地(東京都)を日本に返してもらい、茨城空港に隣接する自衛隊百里基地を横田に移し、百里の滑走路も茨城空港が使う―これが、妄想の三つ目です。米軍にはハワイかグァムまで退いてもらいましょう。 地域を大きく変える鉄道インフラ 首都圏第3空港化とセットで、茨城空港-土浦-つくば-東京、茨城空港-石岡-水戸の鉄道経路が完成すると、茨城県、隣接県の使い勝手が格段によくなります。特に、欧米亜と空港経由で結びつく研究学園都市、TXとJRが交差する土浦の役割はアップするでしょう。もちろん、どう使いこなすかですが…。 先日、ある会合で同席した東京工業大(現東京科学大)卒の若手エンジニアはこんなことを言っていました。住まいは子どもの教育を考えてつくば市。重機大手の日立建機(4月からLANDCROSに社名変更)設計者ということもあり、仕事場は土浦工場、常陸那珂工場、東京本社など。同社最大の輸出市場は米国。TX土浦延伸、さらに茨城空港延伸が実現すると、彼の生活+仕事はスムーズに回ることでしょう。(経済ジャーナリスト)

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49年 市民が清掃活動 水戸街道の松並木守る 土浦

文化財愛護の会 土浦市東若松町にある市指定史跡「水戸街道松並木」で14日、市民団体「土浦市文化財愛護の会」による清掃活動が実施された。清掃活動は1977年の同会発足以来、49年間にわたって続いている。現在、旧水戸街道で松並木が残っているのは、この東若松町~板谷七丁目周辺だけ。 江戸時代から続く貴重な景観 水戸街道は、江戸時代初期の1604(慶長9)年、幕府により千住(東京都足立区)―水戸間の29里19町(約116km)が整備された。脇街道という位置付けで、東海道などのいわゆる5街道に次ぐ主要な街道だった。江戸時代の街道には、通行人を暑さ寒さから守るために松並木が整備されていた。 「ただし木自体はマツクイムシなどの被害により植え替えが進み、江戸時代のものはおそらく残っていない。それよりも、松並木の景観を守り伝えることこそが重要」と、愛護の会副会長の小林静さん(80)。 この日は会員約30人が参加し、プロテリアル金属(旧日立電線)入口から「板谷の一里塚」までの1キロメートルほどの範囲を手分けして清掃。午前9時から11時までで、90リットル入りのビニール袋70個分ほどの枯れ松葉を集めた。例年は100袋ほど集まるのでやや少な目だそうだ。袋は軽トラック3台に山積みにされて清掃センターへ運ばれた。 会員の一人、塙秀弥さん(23)は筑波大学の4年生で4月からは大学院に進む予定。学芸員の資格取得のため文化財について学んでおり、地域の文化財がどのように守られているか興味があって入会したという。「この並木道に来たのは初めてで、太い幹が残っているのを見て驚いた。普段は素通りしてしまうものに目を向けるきっかけにもなった。清掃活動は誰かがやらないと景観を損ねてしまう。やってよかったし、これからも参加していきたい」と感想を話した。 史跡の手入れやパトロールも 会員の一部は松並木の作業を終えた後、同市小高の高崎山古墳でも清掃作業をした。今年は一色家住宅(西真鍋町、国登録有形文化財)、鉄砲塚(都和一丁目、市史跡)、大岩田の一本松(通称・予科練の松)なども予定するほか、文化財パトロールも随時行っていく。以前は地主や地域の手で管理されていたものが、人手不足により行き届かなくなるケースが増えてきているという。 愛護の会の会員数は、各研究部会を合わせて250人ほどになるが、高齢化も進んでいることが悩み。もっと認知度を高め、会員を増やして活動を継続させていきたいと、市の産業祭や各中学校区の公民館祭りに参加し、地域の文化財を紹介するといったPR活動にも力を入れ始めている。(池田充雄) ◆活動は会員外の見学・参加も歓迎。問い合わせは土浦市文化財愛護の会事務局(上高津考古資料館・古橋さん、電話029-826-7111)へ。