火曜日, 10月 6, 2026
ホームつくば10日早く開幕、開花は1週間遅れ 筑波山梅まつり

10日早く開幕、開花は1週間遅れ 筑波山梅まつり

第52回筑波山梅まつりが8日、筑波山中腹の筑波山梅林(つくば市沼田)で始まった。温暖化で開花が早まっていることから今年は開幕を例年より10日ほど早めた。しかし今年の冬は平年並みの寒さとなり、開花は昨年より1週間ほど遅れているという。

現在、早咲きの紅梅は3分咲き、白梅はまだつぼみで、一輪また一輪とほころびが見られる程度。見頃は3月に入ってからになるとみられる。1月中旬ごろ満開となったロウバイはまだ見頃が続いている(1月24日付)。今年の開花状況を見て関係者は「(梅まつりの)開催時期は難しい」と話す。

ようやく見つかった白梅

筑波山神社による神事の後、関係者約60人が参加し開園式が催された。筑波山梅まつり実行委員会の神谷大蔵委員長は「梅林の魅力は関東平野が一望でき、天気が良ければ富士山やスカイツリーなども見ることが出来る。展望台に上がると梅の香りが下から上がってくるのが感じられる」とあいさつし「新たな試みとして、知名度を上げるため、在住3年以内の市民にモニターツアーを募集したところ3倍ものの応募があった」などと話した。開園式には五十嵐立青つくば市長、黒田健祐市議会議長、青山大人、国光あやの衆議院議員らが出席した。

開園式の神事の様子

梅まつり期間中、つくば観光大使のお出迎え、がまの油売り口上実演、梅林の上を横断する100メートルジップスライドなどのイベントがあり、つくば観光ランティアガイド298が園内を案内する。おもてなし館では筑波山梅林の梅シロップを使った「梅Café」、周辺店舗では梅を使った期間限定メニュー「つくばの梅(うめ~)食」などのグルメも用意される。周遊企画として梅の香りが楽しめる「梅和香」が開催され、梅アロマが筑波山ケーブルカー、筑波山京成ホテル、はつね、神田家、日升庵、いでむら、江戸屋、神橋亭、梅林おみやげ館などに置かれ楽しむことができる。

また筑波山ケーブルカーの緑色車両は「梅の花」仕様に彩られ、ヘッドマークも限定デザインになる。ケーブルカーを運行する筑波観光鉄道の枝村誠社長は「梅まつりの開催が例年より早くなったが、良いことだと思う。これからどんどんいろんな花が咲き始めるという楽しみがある。筑波山ケーブルカーも内装を替えたりし、筑波山観光がさらに盛り上がるよう協力していきたい」と語った。

筑波山梅林は標高約250メートル付近にあり、中腹の斜面に広がる4.5ヘクタールの園内には約1000本の白梅や紅梅がある。梅まつりは3月9日まで催される。(榎田智司)

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