記者は後期高齢者の女性から2度ヒッチハイクされた経験がある。1度目は7年ほど前。牛久愛和総合病院(牛久市猪子町)に入院中の友人を見舞った時のことだった。
病院の駐車場に停めた車に乗ろうとしたら、70歳代後半と思われる女性が近づいてきて「悪いが、家まで乗っけてってくれないか」と話しかけてきた。
えっ、おばあちゃんのヒッチハイク? とビックリしたが、具合が悪くて困っているわけではなさそうなので、通院の帰りだと解釈した。
自宅の場所を聞くと、病院と国道6号に挟まれた猪子町の住宅で、車で5分ほどの距離だった。木枯らしが吹く季節で車内は冷え込んでいたが、助手席に座るとほっとした様子で表情がやわらいで見えた。
「ここで」と言われて住宅地の一角に停車した。「お世話になりました」と言いながら小さなビニール袋を座席に置いてドアを閉めた。手のひらに乗る袋の中には煎餅やチョコレートなどが入っていた。
この出来事はいつしか忘れていた。今年8月25日までは。
25日は強い日差しが容赦なく降り注ぎ、つくば市の気温は32度で高温注意報が出ていた。近親者が入院していた筑波学園病院(つくば市上横場)から中心部の自宅に帰る途中で2度目のヒッチハイクに遭った。
午後1時半頃、病院前の道路を北に進んでつくば野田線(県道3号)と交わるT字交差点で信号待ちをしていた。交差点手前に関東鉄道谷田部車庫がある。不意に高齢の女性が助手席のガラス窓をノックしてきた。何事かと窓を下ろすと「谷田部老人福祉センターまで乗っけて」と頼みこんできた。
ここから福祉センターまで3㎞はある。炎天下、高齢者を見放すことはできないとロックを解除すると、日傘を畳んで助手席に乗り込んできた。方向指示器を急ぎ右折から左折に切り替えた。
聞けば、女性は87歳で谷田部地区の高野台で一人暮らし。福祉センターで、気の合う仲間とレクリエーションしたり風呂に入ったりするのが唯一の楽しみだと語った。そのために高野台停留所からつくバスに乗車して関東鉄道谷田部車庫で下車。車庫からつくばエクスプレス(TX)みどりの駅方面の路線バスに乗り換えて目的地の支援センターに向かうのだという。
だが、みどりの駅方面行きのバスの本数が少なく、谷田部車庫で1時間待つしかない。車庫には冷暖房の利いた待合室はなく、雨ざらしのベンチが2基あるだけだ。ただ待つだけなら時間の無駄と、歩くかヒッチハイクするかの方法をとっているらしい。
「(車に)乗せてと頼むのは女の人が運転しているとき。男の人はノックしても素知らぬふりをして行ってしまう」とも話した。福祉センターの玄関に到着すると、何度も頭を下げながら建物の中に消えていった。
2度の体験を周囲に話した。男女を問わず多かった反応が「高齢者でも事件を起こす時代だから乗せない」。確かに、車内は密室で危険がないとは言い切れない。「話だけは聞くけど、同乗は断る」という声も。「男性が知らんぷりを決め込むのは、会社組織などの規範中心に生きているからでは」という女性の意見もあった。
一方、高齢女性たちの間でヒッチハイクがひそかに「移動手段」となっているのでは、と思ってしまう。そうだとしたら、したたかに「車に乗せて」と言えるのは超高齢社会を生き抜く知恵かもしれない。
さて、あなたが街中で声を掛けられたらどうしますか。(橋立多美)