月曜日, 3月 16, 2026
ホームスポーツサンガイア ホーム開幕戦で富士通に勝利

サンガイア ホーム開幕戦で富士通に勝利

バレーボールVリーグ男子のつくばユナイテッドSunGAIA(略称サンガイア、本拠地つくば市)は16日、土浦市大岩田の霞ケ浦文化体育会館で今季のホーム開幕戦を迎え、富士通カワサキレッドスピリッツ(本拠地川崎市)とフルセットの激戦の末に勝利した。これでサンガイアは3勝2敗で東地区2位。17日も午後2時から同会場で富士通と再戦する。

第1セット、スパイクを放つミドルブロッカーの梅本

2024-25 Vリーグ男子(東地区)レギュラーシーズン(11月16日、霞ケ浦文化体育会館)
サンガイア 3-2 富士通
15-25
25-19
25-22
21-25
16-14

序盤、先に流れをつかんだのは富士通。サンガイアは相手の振り幅の大きいトスワークに守備の形が作れず、ブロックの上や間を抜かれることが多かった。サーブレシーブでも事前の想定を外され、特に松本喜輝に喫した2連続サービスエースが痛手となり、15-25で第1セットを落とした。

第2セット、長谷川の高い打点のスパイク

だが第2セットでは守備の位置関係を修正、途中からセッターの茂太隆次郎を于垚辰へ交代して流れをつかみ、25-19でセットを奪取した。「茂太もていねいなトスをしてくれたが、于はブロックでも相手にプレッシャーをかけてくれ、後ろの選手が守りやすくなる」と加藤俊介コーチ。トスワークでは大きくダイナミックな球出しが魅力である一方、小さなタメを作ることで相手の守備を外すこともできる。「相手や自分たちの雰囲気を見ながら、どの戦術を使おうかと考えている」と本人の弁、「ベテランでいろんな引き出しを持っており、ゲームをコントロールしてくれるので頼もしい」と加藤コーチ。

第2セット、武藤茂(左)と川村がブロックを決める

第3セットは序盤から快調に得点を積み重ね、一時は13-2の大差をつけるが、富士通も選手交代を足掛かりに追い上げ、最終的には25-22でサンガイア。第4セットもサンガイアが優勢に試合を進めるも終盤に富士通の5連続ポイントで逆転され、21-25で最終セットへ。第5セットは一進一退でデュースに持ち込まれるが、梅本鈴太郎と川村駿介の連続ブロックで2点を取り、厳しい戦いを勝ちきることができた。

第4セット、得点を決めてタッチを交わす松林哲平(中央)と于(左)

今季のサンガイアは選手数が増え、各ポジションで競争が激化する一方、選手同士がよくコミュニケーションを取り、ベテランと若手の融合が進んでいるという。新卒ながらこの試合でほぼフル出場を果たし、チーム2位の18得点を挙げた長谷川直哉は「入団後初のホームゲームで、いいプレーも悪いプレーもあったが、勝ち切れたのは一つ自信になる。これを明日、明後日とつなげていきたい」と話した。堺ブレイザーズから今季移籍してきた梅本は「昨季までの経験を生かすだけでなく全員と共有し、このチームでもう一度SVを目指す。その中で自分が引っ張るのはもちろん、誰かを押し上げるための土台になることも大事」と考え、加藤コーチは「選手の組み合わせやパターンを増やし、誰が出ても勝てる強いサンガイアを作りたい」と構想している。(池田充雄)

第4セット、チームトップの21得点を挙げた架谷也斗主将

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49年 市民が清掃活動 水戸街道の松並木守る 土浦

文化財愛護の会 土浦市東若松町にある市指定史跡「水戸街道松並木」で14日、市民団体「土浦市文化財愛護の会」による清掃活動が実施された。清掃活動は1977年の同会発足以来、49年間にわたって続いている。現在、旧水戸街道で松並木が残っているのは、この東若松町~板谷七丁目周辺だけ。 江戸時代から続く貴重な景観 水戸街道は、江戸時代初期の1604(慶長9)年、幕府により千住(東京都足立区)―水戸間の29里19町(約116km)が整備された。脇街道という位置付けで、東海道などのいわゆる5街道に次ぐ主要な街道だった。江戸時代の街道には、通行人を暑さ寒さから守るために松並木が整備されていた。 「ただし木自体はマツクイムシなどの被害により植え替えが進み、江戸時代のものはおそらく残っていない。それよりも、松並木の景観を守り伝えることこそが重要」と、愛護の会副会長の小林静さん(80)。 この日は会員約30人が参加し、プロテリアル金属(旧日立電線)入口から「板谷の一里塚」までの1キロメートルほどの範囲を手分けして清掃。午前9時から11時までで、90リットル入りのビニール袋70個分ほどの枯れ松葉を集めた。例年は100袋ほど集まるのでやや少な目だそうだ。袋は軽トラック3台に山積みにされて清掃センターへ運ばれた。 会員の一人、塙秀弥さん(23)は筑波大学の4年生で4月からは大学院に進む予定。学芸員の資格取得のため文化財について学んでおり、地域の文化財がどのように守られているか興味があって入会したという。「この並木道に来たのは初めてで、太い幹が残っているのを見て驚いた。普段は素通りしてしまうものに目を向けるきっかけにもなった。清掃活動は誰かがやらないと景観を損ねてしまう。やってよかったし、これからも参加していきたい」と感想を話した。 史跡の手入れやパトロールも 会員の一部は松並木の作業を終えた後、同市小高の高崎山古墳でも清掃作業をした。今年は一色家住宅(西真鍋町、国登録有形文化財)、鉄砲塚(都和一丁目、市史跡)、大岩田の一本松(通称・予科練の松)なども予定するほか、文化財パトロールも随時行っていく。以前は地主や地域の手で管理されていたものが、人手不足により行き届かなくなるケースが増えてきているという。 愛護の会の会員数は、各研究部会を合わせて250人ほどになるが、高齢化も進んでいることが悩み。もっと認知度を高め、会員を増やして活動を継続させていきたいと、市の産業祭や各中学校区の公民館祭りに参加し、地域の文化財を紹介するといったPR活動にも力を入れ始めている。(池田充雄) ◆活動は会員外の見学・参加も歓迎。問い合わせは土浦市文化財愛護の会事務局(上高津考古資料館・古橋さん、電話029-826-7111)へ。