火曜日, 1月 13, 2026
ホームつくば「暮らしと直接つながるのが市政」市民が投票を呼び掛け つくば市長選・市議選

「暮らしと直接つながるのが市政」市民が投票を呼び掛け つくば市長選・市議選

27日に投開票を迎えるつくば市長選・市議選への関心を広げようと、市民6人が市民グループ「つくばの未来をみんなでつくろう」を結成し、今月12日から毎週末につくば駅前で投票を呼び掛けている。併せて市長・市議選候補者アンケートを実施した。グループは、市内の大学関係者や自営業者、学生、性的マイノリティ当事者など、日頃から社会問題に関心を持ち活動する市民らだ。発起人の1人で同市天久保でブックカフェ「本と喫茶サッフォー」を営む山田亜紀子さん(50)は「自分たちの暮らしと直接つながるのが市政。地元の選挙を盛り上げ、投票率を上げたい」と思いを語る。

カラフルな電飾で彩られ「選挙に行こう」と書かれたメッセージボードや、手製のパネルを手にグループのメンバーらが「27日は選挙です。投票に行きましょう」と通行人に呼び掛ける。幼少期からつくばで育った山田さんは20数年間、都内に通勤してきた。退職して昨年、地元にブックカフェを開業した(23年9月18日付)。「市民の声を届けるのが市政。地元で仕事を始め、暮らしを送る中で、地元での活動がより大事だとより思うようになった」と話す。

候補者の公約を見ると(20日付)抽象的な言葉が多いと山田さんは感じる。「ふわっとしている言葉が多い。どんな意味なのか、一体何をするのかよくわからなかった」と話す。前回2020年の市長・市議選の投票率は51.6%。より自分の暮らしに近い市政への関心は決して高くはない。「(22年に市区部で)人口増加率が日本一になったつくばには、新しい住民がすごく増えている。都心に通勤する人も多く、つくばにいる時間が少なければ市政にまで関心が向かないかもしれない」と想像する。一方で、「自分が住んでいる場所の市長や市議会議員が、私たちの暮らしをどのように守ってくれるのか知ることは大切」だと話す。

手製のメッセージボード

立場異なるメンバ―で30項目出し合う

告示を前に立候補者を対象に実施したアンケートは、年齢や立場の異なるメンバーで意見を出し合い決めた。水道料金引き上げや議員報酬アップ、県立高校新設、上郷運動公園跡地利用などつくば市が抱える課題から、教育や福祉、ジェンダーといった暮らしに結びつく問題、安全保障などの国政につながる問題への意見など、幅広く30項目を設けた。今回立候補する48人の市長・市議選候補者のうち、事前に知ることができた39人に質問を投げ掛け、12人から回答を得た。

アンケートについて山田さんは「人権や暮らしの視点で質問した。市民が困っていること、市政として取り組んでもらいたいことがこれだけあると可視化させ、市民がチェックしてると候補者に知らせたかった」と言い、同時に市民には「声を届けることが必要。投票はその機会。自分の暮らしと政治はつながっている。より多くの人の選挙への関心につなげたい」と思いを語る。(柴田大輔)

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映画「倭文-旅するカジの木」を見て《邑から日本を見る》190

【コラム・先﨑千尋】先月7日、東京都練馬区の大東文化会館で国際シンポジウム「旅するカジの木、旅する神々-静御前と倭文(しづり)」が開かれ、その中で北村皆雄監督の映画「倭文-旅するカジの木」が上映され、北村監督の講演などがあり、筑紫舞、大和高田の白拍子舞などが披露された。 倭文ないしは倭文織は古代の織物の名称で、常陸国風土記や万葉集、日本書紀、延喜式などの古典に登場するが、現物が発見されていないので、“幻の織物”と言われている。その素材はコウゾやカジの木などの自然繊維で、神事に使う幣(ぬさ)、手纏(まとい)、鞍(くら)などに使われていたようだ。 私は那珂市静に鎮座している常陸二の宮静神社のすぐ近くに住んでいることもあって、かなり前からその織物に関心を持って、史料も集めてきた。常陸国風土記には「まだ織物がなかった時代に倭文部(しどりべ)という織物の技能集団が静周辺に来住し、倭文を織った」とある。静神社の主祭神は、織物の神様・建葉槌命(たけはつちのみこと)だ。 「衣食住」という言葉 北村監督は映画上映の前に「衣食住という言葉があるが、衣が最初で、食、住と続く。それはなぜなのか。人が生まれてきて最初に産着(うぶぎ)を着ける。布は第二の皮膚と言われ、人間しか着けない大事なものだ。倭文という謎の織物を手掛かりに、衣の持つ呪術性を探ってみたいと考えて映画を製作した。何もないものを作るのは大変なことで、5年もかかった」と話した。 映画は最初に、日本の原始布が残る徳島県旧木頭村を訪ねるところから始まる。ここではカジの木やコウゾで織る太布(たふ)が現在でも織られている。次に、糸を使わない布、タパが登場する。カジの木の樹皮をたたいて伸ばす。撮影隊は、タパを作っているパプアニューギニアに向かい、人類最古に当たる植物繊維の衣服が今でも作られている有り様を伝える。 カジの木の原産地は中国南部から台湾。そこから4000年にわたってフィリピン、インドネシア、オセアニア、日本などに伝わったという。北村さんらは正確を期するために各地でDNA鑑定を行っている。茨城県内にはコウゾはあるが、カジの木はほとんど見かけない。コウゾはカジの木とヒメコウゾの交配から生まれたものだ。 この映画を作るために、国内の4人の織物作家(山口源兵衛、石川文江、西川はるえ、妹尾直子)が帯や幡(はた)、紙布を作る。その苦労する過程が克明に映し出される。 映画の最後は、日立市の大甕倭文(おおみかしず)神社にある宿魂石上(しゅっこんせきじょう)で、神話に出てくる倭文神「建葉槌命(たけはづちのみこと)」(大和朝廷側)がまつろわぬ星の神「香香背男(かがせお)」を、倭文織を使った呪術的な力で圧倒する場面。この場面だけがフィクションである。 冒頭に戻る。今回のシンポジウムのタイトルに「静御前と倭文」とある。静御前が鎌倉鶴岡八幡宮で歌ったという「しずやしず 倭文の環(おだまき) くりかえし 昔を今になすよしもがな」から採ったと思われるが、静御前と倭文の関係について、今後の研究に期待したい。(元瓜連町長)