水曜日, 3月 11, 2026
ホームつくば計画中止受け一部用地売却 つくば市竹園、公務員宿舎跡地 「一体的な再生困難」と懸念

計画中止受け一部用地売却 つくば市竹園、公務員宿舎跡地 「一体的な再生困難」と懸念

【鈴木宏子】昨年8月に計画が中止になったつくば市竹園3丁目、国家公務員宿舎の「再構築事業」区域の一部が、今年度中に売却されることになった。周辺住民からは、老朽化などが問題になっている学校や商業施設を一体的にリニューアルして再生することが難しくなると懸念の声が出ている。

売却されるのは都市再生機構(UR)が所有する宇宙航空研究開発機構(JAXA)宿舎跡地の約9900㎡。幼稚園と小中学校に囲まれた位置にあり、計画では小中一貫校の建設予定地だった。

UR茨城業務部によると、国の方針で2018年度までに土地を処分しなければならないため売却するという。URは昨年3月、市に通知。さらに今年2月に、土地処分について市に照会した。これを受けて市は、庁内に土地利用の意向があるか諮ったが、購入したいと回答した部署は無かったという。

URによると今後、4月中にホームページに売却情報を掲載し、6月ぐらいに入札を実施したい意向だ。同地区は高さ制限なく建物を建てられるが、文教地区のため基本的に戸建て住宅として売却する方針だという。

敷地境界には桜並木が10本程度あり、以前から残してほしいという要望が住民から出ているため、現在、残していく方向で市と協議中という。

課題残るも具体的な動きなし

一方、国家公務員宿舎跡地のまちづくりをどうするかという課題は残されたままだ。竹園地区は市内の公務員宿舎の中で最初の1974年ごろに完成した。公共施設も40年以上経過し老朽化が目立っている。05年から公務員宿舎の処分が始まり、緑地が減るなど筑波研究学園都市の特徴だった緑豊かなゆとりある街が変貌しつつある。中止になった再構築計画には、老朽化した公共施設などを一体的にリニューアルし、統一のとれた街並みを再創出しようという狙いがあった。

同地区に住む女性(55)は「小中学校も交流センターも児童館も新しく建て替えられてきれいになるという思いがあった。しかし市長が交代して計画が中止になり、政争の具にされてしまったのかなと思っている。まちが生まれ変わる絶好のチャンスを生かせなかったのではないか」と話す。

同地区のまちづくりについて議会で一般質問などをしてきた山中真弓市議は「JAXA宿舎跡地は竹園3丁目の中心にあり、まちづくりをする上でひじょうに重要。この土地なしでの再構築は考えられない」とし「周辺の住宅開発に伴い、小中学校は児童生徒数が増え、子供たちの外遊びや部活動が制限されている。保育所や児童館は老朽化や定員超過問題が深刻。市は地域住民と協議し、30年後、40年後を見据えて責任あるまちづくりを進めていくべき」と指摘する。

昨年8月、市は計画中止を発表した住民説明会で「(同地区の)課題を整理していくことは必要」だとして「今後の在り方について引き続き検討を進めていく」と説明していた。しかし現時点で、再開発などの具体的な計画はないという。公共施設の老朽化に対して市は、その都度、担当課で対応していくことになるとしている。

※メモ
【竹園3丁目地域拠点再構築事業】同3丁目地区の中心部に集積する小中学校、幼稚園、保育所、児童館、交流センター、公園、ショッピングセンターなどを土地区画整理事業などの手法で一体的にリニューアルしていく計画。市所有地などを売却して事業費をねん出し、既存施設を閉鎖せず4年ほどかけて順次、玉突きで別の位置に新施設を建設していくという構想で、市は14~16年度に調査を実施し、15、16年には地域住民が参加してワークショップを開くなどした。一方、計画に小中一貫校の建設などが盛り込まれたことから、住民の間で意見が分かれた面もあった。その後16年11月に、市長が市原健一氏から五十嵐立青氏に交代。事業費を試算したところ、市の持ち出しがないとされていたが、約17億1800万円(竹園西小中一貫校の建設費を除く)の持ち出しがあることが判明し、当初予定した事業計画が成立しないこと、市は小中一貫校の見直しを検討していることなどから事業中止に至った。

市とURが保存していく方向で協議している敷地境界の桜並木。左が売却予定地=同

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がん治療で読んでおきたい本《ハチドリ暮らし》59

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【コラム・斉藤裕之】そろそろ、燃やしても構わない1年分の紙切れをストーブにくべてしまおう。そう思って、封筒やレシートを一応広げてみる。すると、クリアファイルの中からちょっと懐かしいものが出てきた。それはスケッチブックの切れ端に生徒が描いた私の似顔絵。随分古いものもある。描いてくれと頼んだことはないけど、くれたものを捨てずに取っておいた。 大学院のころから続けてきた日雇い先生の仕事がもうすぐ終わる。最低限の生活の糧として止むに止まれず始めた仕事だったが、我ながら随分長い間続いたものだ。 聞かれれば答えるが、学校で自らプライベートな話をすることはない。しかし、最近の子は悪気もなく既婚か否かを聞いてくる(先生もプライベートな話をするらしい)。「孫がいるよ」というと、たいがいの生徒は驚く(年齢のことではなくて独身にしかみえない?)。 妻が数年前に他界したことを言うのが面倒臭いこともあって、そう答える。そうすると、やれどこで知り合っただのクリスマスはどうするだのと聞いてくるから、適当にお茶を濁す。だから、生徒は私が今も夫婦仲良く暮らしているものだと思っている。 私の似顔絵を描いてくれた生徒 人生を逆算して生きるのにはどうも抵抗があったが、両親が届け出の期限ぎりぎりまで思案した末に「馨」というイカした名前を授けられた孫娘が生まれたことで、この子の年齢に今の自分の歳を足して将来をイメージせざるを得なくなった(20歳になるころまではギリ大丈夫か?)。 1人目、2人目と孫が生まれて、すぐに絵を描いて、それは長女の家に飾ってある。さて馨のも描いてやろうと試みたが、どうもうまくいかない。女の子だからちょっとかわいらしくと思うのがいけないのか、生まれて間もない赤子というのは文字通り赤いごろんとしたもので、大人の顔を描くようにはいかない。 「第二の人生」という言葉は、私のようにずっと日雇いで暮らしてきたものには当てはまらない。途中、何度か就職することも考え、試みたこともあったが、それはかなわず家族に苦労ばかりをかけたと思う。それが良かったのか悪かったのかを考えてもしょうがない。 今思えば、どこにも属さず束縛されることなく、今も絵を描き続けられているということと引き換えだったんだろう。そのツッパリも無意味ではなかったのか、有り難いことに、ここにきて私の絵を応援してくれる人たちがいる。第一も二もない私の人生の続きは、いつものように朝牛乳パックのパレットに絵具を出すことから始まる。 日雇いとはいえ、随分たくさんの子供たちと過ごした。〇〇世代とか、今の子供たちは…とか、いつの時代も言われてきたけれど、50年前の私たちと今の子たちは何も変わらない。同じようなことを話し、同じように悩み、同じように笑って。 コロナ禍以降はマスクをしていたせいで、しばらく私の似顔絵を描く子はいなかったが、先日、1人の生徒が、描いたものをうれしそうに渡してくれた。最後の授業が終わったとき、その子に私が独り身であることを打ち明けてもいいかなとも思ったが…。(画家)