水曜日, 6月 17, 2026
ホームつくばマンホール蓋に残る旧県章 筑波研究学園都市に多数現存

マンホール蓋に残る旧県章 筑波研究学園都市に多数現存

1966年に制定された茨城県の旧県章デザインを刻んだマンホール蓋(ふた)を、意外にもつくば市で多く見掛ける。筑波研究学園都市の造成時に敷設された下水道は、合併前の当時の旧町村ではなく、茨城県と日本下水道事業団によって整備されたためだ。学園都市の黎明期に整備された旧国家公務員宿舎の車道や市中心地区の歩道などで見ることができるが、順次、現在の県章デザインや市のシンボルデザインの蓋に置き換えられ、姿を消している。

ご当地の観光資源やアニメのキャラクターなどデザインマンホール蓋が増える中、茨城県の歴史文化を伝える旧県章のマンホール蓋は、今となっては貴重な県政資料の一つ。

雨水幹線に刻まれた旧県章の「いばら」のマーク

旧県章のデザインは、1911(明治44)年に公募により旧制中学の学生が提案したものが採用され、使用されるようになった。1966年にデザイン補正され、県章や県旗となった。「いばら」のイメージを模した図版内に、「イ・ハ・ラ・キ」の旧仮名遣いカタカナ文字が隠されており、難解なパズルにも見える。

旧県章は1991年まで主に県旗として県内各地の公共施設などで使われてきたが、同年11月13日の茨城県民の日を契機に現デザインへと変更された。今では「いばら」のマークは使われていない。

現在の県章(上)と1991年まで使用されていた旧県章

土浦市湖北にある県流域下水道事務所は、県内5流域の公共下水道を管理しており、その一環として雨水幹線、汚水幹線などの老朽化したマンホール蓋を更新している。

どれほどの数の旧県章マンホール蓋が残っているのかを同事務所に尋ねたが、概数は不明との答えが返ってきた。

「マンホールの更新事業は流域ごとに進めています。更新の判断基準は耐用年数として車道部の蓋は敷設から15年、それ以外は30年を越えているものとし、その中でも腐食や劣化の激しいものから交換することになっています。蓋の摩耗によるスリップ事故、蓋のがたつきや離脱による車両物損事故、騒音・振動や通行障害等の発生を防ぐためです」と同事務所。

同事務所が管理する下水道のうち、県南地域の流域下水道は、霞ケ浦湖北流域下水道(土浦、かすみがうら、石岡市、阿見町など)と霞ケ浦常南下水道(つくば、牛久、龍ケ崎、稲敷市など)に分かれている。湖北流域だけでも1900カ所ものマンホール蓋があるという。

土浦市内では相当数の蓋が土浦市市章やその他のデザインに交換された。流域下水道事務所では「土浦市内にもまだ旧デザインの蓋があるが、2023年度の更新事業対象なのでもうすぐ無くなる予定」と解説してくれた。

その敷設地点にあたる大岩田地区を訪ねてみたが、道路上のものは既に土浦市のマークに交換されていた。歩道上には「いばら」マークではなく「茨城県」と刻印された蓋があったが、これは上水道の制水弁と空気弁であった。

一方、県下では新しい街に属するつくば市内で多く見られるのは、まだ耐用年数内のものがたくさんあるということだ。それでもつくば市内の蓋の数々もやがて耐用年数を迎える。

県霞ケ浦浄化センターに展示されている新旧県章のマンホール蓋

「未使用品と劣化により取り外された蓋の違いは、デザインの新旧も含めて、当事務所のエントランスホールに展示してありますので、ご来場ください。平日の業務時間内であれば、安全に、いつでも見学することができます」(流域下水道事務所)

マンホールの大半は車道上に存在するため、事故やトラブルの懸念としてそれらを見物するのは控えてほしいという。つくば市内を歩いてみると、つくばエキスポセンター裏手の歩道上に2カ所、旧県章の汚水幹線マンホール蓋が現存しているので、これらは安全に見ることが可能だ。

きょう11月13日は県民の日。足下に残る茨城県の歴史を考えた。(鴨志田隆之)

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