【コラム・斉藤裕之】「パパ、前の家に飾ってあったカッパの絵、あれすごく好きだったんだけど、どこにある?」と次女に聞かれたのはそう前のことではない。そういえばどこに片付けたのだろう?
それは何かのポスターの裏側に墨で描かれたカッパの絵。描いたのはエマニュエル・シャメルト。私が大学院にいるときに、彼は留学生として研究室にやって来た。当時、ヨーロッパからの留学生は珍しかった。ハンサム(本当にアランドロン系)でフレンドリーなフランス人。そして、私がフランスに行くきっかけを作ってくれた人。
エマニュエルとの思い出はたくさんある。チェスや将棋、大学の中庭でサッカーをしたり、お酒を飲んだり。トレビアンなポトフを作ってくれたことも。もちろん、彼の描く絵、作るオブジェ、そして好んで作っていたエッチングはとても記憶に残っている。彼の描く絵は一見すると子供が描いたもののように見える。
また、廃材や日用品を画面に張り付けていくアッサンブラージュ(掃除機が張り付けてあったときはさすがに驚いた)の作品。毎日、アトリエで増殖していく、例えば、木の端材を積み上げてペイントしていくようなオブジェなど、とにかくエネルギッシュで屈託がない作品の数々。しかし、そこには彼のエスプリが込められていて、何とも言えない魅力を感じる。
そんな彼と触れているうちに、何となくフランスという国に興味を持ち、やがて私は留学を決意する。エマニュエルには美人で聡明なリリアンさんという許嫁(いいなずけ)がいて、彼女もやがて東大に留学してくるのだが、博士課程まで在籍した彼は長く充実した日本での留学を終えて、私の帰国とほぼ入れ違うように彼女とフランスに帰って行った。
その後リリアンさんとの間に女の子が生まれ、「僕は子供のミルク代を稼ぎに行かなくてはならない…」というような漢字とジョークがたっぷり入った手紙を最後に、しばらく連絡を取ることもしなくなってしまった。
What a wonderful artist, …
先日、彼の訃報に触れた。彼は4年前に亡くなっていた。そしてこのたび、彼の個展を開いていた当時神宮前にあった兒嶋画廊さん(現在は国分寺市)で、8月6日まで「メモリアルエキシビション エマニュエル・シャメルト展」が開かれるとを知った。その副題は「What a wonderful artist, we’ll never forget」。(「なんて素晴らしいアーティストなんだろう、私たちは決して忘れない」※訳は編集者による)
彼の人柄と作品を好きだった多くの友人知人の協力によって開かれるという。生涯エマニュエルは絵を教えることを避け、長いものに巻かれることなく、ひとりのアーティストとして制作を続けたそうだ。
そう思って家の中を探してみた。そうだ、あのカッパは芥川龍之介のカッパだ…。でもやっぱり見つからない。とにかく、次女を誘って彼の作品に会いに行くとしよう。きっとエマニュエルはウィンクで出迎えてくれるだろうから。
追記。私はエマニュエルが好んで描いたモチーフのひとつ「電車」を描くことにした。彼はなぜか1両だけを描いた。それによく似た電車(正確にはディーゼル)を学校に行く途中で見かけることがあるのでそれを描いてみた。(画家)