【コラム・奥井登美子】90歳の牧野富太郎先生。お会いしてみて、お見かけは60歳くらいに見えたが、話が植物独特の形のことに触れてしまったら、トタンに20歳の青年のようになってしまう。
「カタクリの花。見ていてもあきない、独特の、いい形ですね…」
「葉もいいですよ、紫色がかった緑色。しかし、あの色は、標本に作るのが難しい。あの色はですね…」
興奮すると、話はどんどん植物標本の作り方に飛んで行ってしまう。よほど標本の製作に関心があるらしい。
植物標本作りは全くの根気仕事である。古雑誌・古本をたくさん集めてきて、標本にしたい植物の形を整えて挟む。それを積み上げて、上から重石(おもし)をのせ、植物の水分を抜く。毎日1回、形を整えながら、古紙を取り替える。
植物の種類によって違うが、4~5日、紙を取り替えて、きれいに乾いてきたら、最後に白い和紙や障子紙に挟んで、色の変化、葉の形、種のこぼれ具合などを、丁寧に確かめる。根気と、検体への愛情のいる作業なのである。
生涯に作った植物標本は40万点
先生の家の畳が腐って、根太(ねだ)が折れてしまったのも、標本作りの重石と古本を家の中に置き過ぎたせいだという。
先生が生涯に作った植物標本は、40万点もあったと言われている。東大は牧野先生の植物標本が欲しくて、職員に採用したという噂(うわさ)も流れていた。
<参考>前回コラムも牧野富太郎先生を取り上げました。