火曜日, 4月 28, 2026
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「国策」と無茶苦茶 《邑から日本を見る》131

【先﨑千尋】岩波書店が出しているPR誌『図書』3月号が面白い。巻頭のエッセイのタイトルは「満蒙開拓団の歴史から『国策』を考える」。筆者は『満蒙開拓団』(岩波書店)や『「大日本帝国」崩壊』(中公新書)などの著書がある加藤聖文さん。日本近現代史が専門だ。

加藤さんは冒頭、岸田首相が原発再稼働を決めたことをやり玉に挙げ、「この国は一度決めた国策を止めることはおろか転換することもできない。大日本帝国でも日本国でも国策をめぐる本質は変わっていない」と書く。そして「78年前に破綻した満蒙開拓団を巡る歴史は、国策がどのような背景で生まれ、どのように変質し、悲劇の大きさに反比例してなぜ責任の所在が曖昧になるのか、その本質を見事に表している」。

満州へ移民を送り出すという国策は、一見すると一石二鳥にも三鳥にもなる国策だったが、結末は悲劇でしかなかった。今日の原発政策は戦前の満蒙開拓団の「国策」と同じではないか、教訓とすべきだと加藤さんは言う。

小説家の柳広司さんは「無茶苦茶」の書き出しで、昨今の日本の情勢を表すのにこれほどぴったりな四字熟語はあるまいと書いている。無茶とは「道理が立たないこと。乱暴なこと」、無茶苦茶は「無茶」を強めていう意味の言葉だ。

柳さんが無茶苦茶だと言っているのは、昨年12月に「岸田自公政権が国会でろくな議論もしないで、敵基地攻撃能力保有のための防衛〝軍事〞費倍増を決めたこと。この国の形を変える原発再稼働ならびに稼働期間延長という方針転換を行ったこと」の2つだ。「敵基地攻撃などと口にできる者たちこそ平和ボケしている」という。

「千載青史に汚名を残す」

原発について柳さんは「事故で故郷を失った人たち2万人以上が理不尽な生活を強いられている。だから、再稼働を云々する前に、原子力緊急事態宣言解除に向けた取り組みこそが最優先課題」と言う。

さらに、「現岸田政権関係者、そして今回の基本方針作成に関わった官僚、有識者(って何だよ?)の皆さん、『千載青史(せんざいせいし)に汚名を残す』という言葉の意味がわかりますか? 目先のわずかばかりの地位や名誉やお金のためにフクシマ原発事故で苦しむ関係者の心情を平然と踏みにじり、事故が原因で命を落とした人たちや犬や猫たちのことを忘れ、未曽有(みぞう)のあの原発事故を『なかったこと』にして、日本の未来を破滅に売り渡したあなたたちのことを、私は書き留めます」と糾弾する。読んでいて、そうだそうだと拍手を送りたくなった。

原発事故があった東京電力福島第1原発周辺の地域は、復興事業が進むにつれ、町の姿が半ば強引に消されてしまう。それを恐れた写真家の中筋純さんは、写真の定点記録として原発直下の双葉町などの被災状況を撮影記録し、全国各地で写真展を開いてきた。水俣の伝承活動に倣ったことだと言う。中筋さんの「おれたちの伝承館」という一文は、官製の「原子力災害伝承館」と対比させながら、「過去に目を閉ざす者は現在にも盲目となる」というドイツのワイツゼッカー大統領の言葉を引き、本当の過去を遠ざけてしまわないように「おれたちの伝承館」を作っていくのだという覚悟を語っている。(元瓜連町長)

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