火曜日, 1月 27, 2026
ホームコラム阿見町のツムラ漢方記念館 《日本一の湖のほとりにある街の話》6

阿見町のツムラ漢方記念館 《日本一の湖のほとりにある街の話》6

【コラム・若田部哲】医療用漢方製剤の国内シェア8割超を販売し、漢方業界をけん引する株式会社ツムラ。その国内最大の生産拠点と国内唯一の漢方記念館が、霞ケ浦の豊富な水資源を背景に、阿見町に設立されていることをご存じでしょうか? 今回はそのツムラ漢方記念館の瀬戸館長に、奥深い漢方の世界についてご紹介いただきました。

医療関係者を中心に漢方の歴史や製造工程を伝え、漢方への理解を広めるために設立されたこの記念館は、阿見町のツムラ茨城工場や研究所のある敷地内に位置しています。来館してまず驚くのが、敷地内に入るとその場に満ちる漢方薬の香り。

期待とともに記念館に足を踏み入れると、正面奥には漢方薬の原料となる生薬がぎっしり詰まった透明な円柱が建ち並んでいます。植物・動物・鉱物など、自然由来の原料生薬はアースカラーのグラデーションをなし、さながら美しい現代アートのよう。

ところで「漢方」と聞いて「中国医学」と思う方も多いかもしれません。ところが実は漢方とは、5~6世紀頃に中国より渡来した医学をベースに、日本の気候風土・日本人の体質に合わせて発展した、日本独自の伝統医学。

漢方医学は考え方が西洋医学と異なり、病気の「原因」を探しそれを取り除くという西洋医学に対し、患者全体を診て自然治癒力や抵抗力に働きかけ、体全体のバランスを整えるという考え方から成っています。

また漢方薬は、自然由来の生薬を原則2種類以上組み合わせてつくられます。西洋薬は、一つの病因の解消を図るのに対し、漢方薬は多成分の生薬を複合させた薬であるため、一つの薬で複数の症状に効果を発揮することもあります。

患者の症状や体質に着目することから、検査値などに現れない不調や病名がつかない未病など、西洋医学では対応が難しい体の不調に対応できるケースも多く、現在認可されている148種の漢方薬は、9割に及ぶ医師により医療現場で処方されているとのこと。

長い歴史と研鑽による英知の結晶

記念館では、アクリルケース内の生薬原料見学のほか、様々な生薬の匂いを嗅いだり、薬学部の学生向けに調剤を体験できるコーナーなど、漢方の奥深さを体感することができます。

展示されている116種の原料生薬の中には、「なんでこれが体にいいと分かったの?」と思うようなものも数多く、例えばボタンの根から作る「ボタンピ」は、根の中心の数ミリの芯を取り除いた外皮の部分のみを使うそうです。芯を取り除くのが最良と分かるまで、どれほど臨床を重ねたのでしょうか…。思わず目がくらみます。

長い歴史と悠久の研鑽(けんさん)による英知の結晶を、肌で感じることができるこの漢方記念館。幅広く魅力が伝わるよう、ウェブ上で「TSUMURA バーチャル漢方記念館」も公開されており、概要の見学が可能です。また、12月から県内の中学、高校向けにもオンラインでの見学を受け付けるとのこと。ぜひ一度ご覧ください!(土浦市職員)

①サイクリストの宿(7月8日付
②予科練平和記念館(8月11日付
③石岡のおまつり(9月8日付
④おみたまヨーグルト(10月6日付
⑤冷たくてもおいしい焼き芋(11月12日

【11日午後4時30分追加】本コラムは「周長」日本一の湖・霞ヶ浦周辺の、様々な魅力をお伝えするものです。

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

2 コメント

2 Comments
フィードバック
すべてのコメントを見る
スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最近のコメント

最新記事

GO TO 鬼ケ島《短いおはなし》47

【ノベル・伊東葎花】 どうも。鬼です。そうです。昔話に出てくる、角が生えた鬼です。私たちは昔、人間に退治されました。それ以来、人里離れた小さな島で、身を寄せ合ってひっそりと暮らしていたのです。しかしあるとき、命知らずのユーチューバーがやってきて、私たちにカメラを向けました。 「伝説の鬼ケ島は実在しました~! 本物の鬼がいま~す」 そう言って、私たちの動画をネットで流したのです。鬼ケ島の存在が、知られてしまいました。 人間たちがうじゃうじゃやってきました。私たちは戸惑って、おびえました。何しろ人間は怖いものだと教えられてきたのです。しかし人間は、とても好意的でした。手土産に酒や食べ物をくれました。それを目当てに、独占インタビューに応える鬼も出てきました。特に害はないし、これも時代かと歓迎ムードで人間たちを迎えました。 ある日、大企業の営業マンがやってきました。 「この島に、鬼のテーマパークを造りませんか。たくさんの鬼の雇用を確約します。今よりずっと潤った暮らしができますよ」 鬼たちのショータイム、鬼とのふれあいコーナー、インスタ映えする鬼スポット、鬼のコスプレ大会、鬼のかくらんジェットコースターなど、いろいろ提案してきました。島が潤うのはいいことです。鬼だってオシャレもしたいし、おいしい物も食べたいのです。 2月のある日、企業の重役たちが視察に来ました。視察といっても家族連れです。妻や子どもや孫までいます。まるで経費を使って旅行に来ているみたいでした。本物の鬼に、子どもたちは大興奮。重役たちも昼から酒を酌み交わし、リラックスムードでした。鬼も人間も、和やかな雰囲気に包まれていました。 しかしその夜のことです。子どもたちが、カバンから豆を取り出して、いきなり投げつけてきたのです。「おには~そと」と言いながら、鬼に向かって投げるのです。大人たちは、止めるどころか笑っています。 「ああ、そうか。今日は節分か」 「本物の鬼に豆をぶつけるなんて、そうそうできるものじゃない」 「どうでしょう、鬼テーマパークで、節分アトラクションをつくっては」 「楽しそうだな。早速、案を練ろうじゃないか」 「逆オニごっこっていうのも面白いわ? 人間が鬼をつかまえて、捕まえた鬼には豆をぶつけてもいい、とか」 「いいねえ」 重役たちは、豆を拾って食べながら、そんな話で盛り上がっています。 私たちは、恐ろしくなりました。やはり人間は怖いです。夜中にそうっと抜け出して、鬼たちを集めました。人間たちは、ぐっすり眠っています。今のうちに、みんなで島を出ることにしました。重役たちが乗ってきたクルーザーにみんなで乗り込んで、新しい島を目指しました。今度こそ、誰にも見つからない平和な島で、静かにひっそり暮らしたいのです。 みなさん、どうか私たちを探さないでください。 (作家)

5氏が立候補へ 茨城6区 衆院選’26

解散に伴う衆院選があす27日公示される。つくば、土浦市など5市が選挙区の茨城6区には▽前職で立憲民主党を離党した青山大人氏(47)=無所属▽前職で外務副大臣の国光あやの氏(46)=自民▽新人で会社員の堀越麻紀氏(53)=参政▽新人で党県南部地区委員会副委員長の稲葉英樹氏(58)=共産▽新人で自営業の中村吉男氏(55)=無所属=の5氏が立候補を表明している。前職2氏の争いに新人3氏が加わる混戦となりそうだ。 自民党の裏金問題が争点になった前回2024年10月の衆院選は、共産新人を加え三つどもえの戦いだった。青山氏が5市すべてで国光氏を上回って計約12万票を獲得、国光氏に約1万3000票の差を付けて小選挙区で初勝利した。国光氏は比例復活当選した。今回は、昨年7月の参院選の際、つくば、土浦など5市で計約6万5000票をとり、茨城で初の参院議席を獲得した参政党も参戦する。 青山大人氏 無所属 前 4期目を目指す青山氏は①教育の負担軽減②消費税食料品ゼロ③TX土浦駅延伸などを掲げ、立憲民主党と公明党による新党「中道改革連合」に加わらず無所属で臨む。これまで通り連合茨城の推薦を得るものの「無所属は比例復活がなく、政見放送もない。今まで以上に緊張感をもっている」と話す。 これまで、衆院文部科学委員会理事として、公立学校教員の教職調整額を段階的に引き上げる給特法の改正を50年ぶりに実現させたなどと実績を強調する。 27日の告示日は午前11時30分から土浦市乙戸の大塚商店前で第一声、午後6時30分から土浦市城北町のホテルマロウド筑波で出陣式を開く。 国光あやの氏 自民 前  同じく4期目を目指す国光氏は高市政権の外務副大臣として①強い外交②強い経済③強い社会保障を掲げる。 これまで、2026年度以降の実現が検討されている出産の標準費用無償化と、単身高齢者が身元保証人なしで入院や施設入所ができ葬儀や納骨まで公的にサポートする支援体制整備に向けた社会福祉法改正の検討などの実績を強調し「ゆりかごから墓場まで安心して暮らせるよう国を動かせたことは議員冥利に尽きる」とする。前回、小選挙区で青山氏に敗れたことに対しては「私の力不足だった。今回はより一層、夢を語り、思いを語る選挙にしたい」と話す。 27日は、午前10時からつくば市吉瀬の選挙事務所で出発式を行う。 堀越麻紀氏 参政 新 参政党新人の堀越氏は①消費税の段階的廃止②外国人受け入れ制度の見直し③子育て支援などを掲げる。 「日本経済は35年間停滞し、給料が上がらない。日本には180万人の失業者がいるのに、2028年度までに特定技能外国人を82万人受け入れる政策に違和感をもち」昨年7月に入党した。つくばみらい市出身、高校時代に米国に留学し、語学力を生かして外資系小売店でマーケティングなどを担当。その後、外国人技能実習生に関わる仕事に就き、過剰な外国人の受け入れに問題意識をもったとする。 27日は、午前10時30分からみらい平駅前で第一声、夕方5時からつくば駅前広場で出陣式をする。 稲葉英樹氏 共産 新  共産党新人の稲葉氏は①消費税廃止目指し5%に②核兵器禁止条約参加③給付型中心の奨学金制度の実現などを掲げる。 土浦市出身。小学2年の時、父親が急死し母一人子一人となり、母親が大変な思いで働く姿を見て育った。半導体メーカーに勤務、つくば市の産業技術総合研究所で半導体研究者の研究補助を務めた経験もある。2023年から党県南部地区委員会の専従職員となり、25年から同委副委員長。これまでの選挙は裏方で候補者を支える側だった。 27日は午前11時からつくば市竹園の大清水公園前で第一声、午後4時からはイオンモール土浦で比例候補の塩川鉄也氏と街頭演説する。 中村吉男氏 無所属 新  無所属新人の中村氏は、①憲法9条を改正し国防軍を明記②航空宇宙産業を育てるための環境整備③経済の活性化などを訴える。 石岡市出身。実家は、祖父母が創業した老舗の呉服仕立て店。拓殖大学商学部貿易学科を卒業後、ホテルに勤務しホテルマンに。その後、婚礼プロデュース会社役員やウェブ専門スクールでIT研修会社の立てつけなど行った。 27日は午後2時から石岡駅西口前で第一声となる街頭演説をする。

竜の卵の味を知るときが来るなんて… 《マンガサプリ》3

【コラム・瀬尾梨絵】今回は、異世界を「日常」として描き出す魔法を駆使する、九井諒子先生の深淵を紹介したい。現在、アニメ化もされ社会現象を巻き起こしている『ダンジョン飯』(KADOKAWA、14巻完結)など。その作者、九井先生の名を、同作で初めて知った方も多いかもしれない。しかし、先生の真骨頂を語る上で欠かせないのが、初期に発表された短編集の数々だ。 『竜の学校は山の上』 丸井先生の作品の中でも、ひときわ輝きを放つ作品集が『竜の学校は山の上 九井諒子短編集』(イースト・プレス、全1巻)。本作は、独立した複数の物語が収められたオムニバス形式の一冊。描かれる舞台は、昔話の日本のような世界から、中世ヨーロッパ風の国での冒険旅のその後。さらに独自の進化を遂げた架空の街まで多岐にわたる。 最大の魅力は、ファンタジーという「非日常」を描きながら、そこに生きる人々の悩みや生活感が「あまりにも身近に」感じられるという、九井先生特有の筆致にある。 そこには竜が実在し、かつては軍事利用されていたという歴史を持つ世界が描かれている。しかし、物語の焦点は派手な空中戦ではなく、近代化によって「竜」という存在が実用性を失い、就職難にあえぐ「竜学部」の大学生たちの苦悩に向けられる。魔法や幻想生物が存在する世界であっても、若者が直面する進路の不安や、時代の変化に取り残される切なさは、私たちの現実世界と地続きなのだ。 この「虚構の設定」と「生々しいリアリティ」の絶妙なバランスこそが、読者を一気に物語へと引き込む中毒性を生んでいる。 『ダンジョン飯』 九井先生は、私たちが当たり前だと思っているファンタジーのお約束に対し、「もしそれが現実にあったら、人々はどう生活し、どんな問題を抱えるだろうか?」という問いを投げかけてくる。その解釈が非常にロジカルで、かつユーモアにあふれているため、読者は妙な納得感を得てしまう。 一見すると、奇想天外な設定を楽しむための短編集に見えるかもしれないが、読み進めるうちに読者は自分自身の人生や、社会のあり方を鏡のように見せられていることに気づくはずだ。九井先生が描くキャラクターの細やかな表情の変化や、異形のものたちの骨格さえ感じさせる描写が、その説得力をさらに強固なものにしている。 『ダンジョン飯』で、モンスターを「調理して食べる」という行為を通じて生命の循環を描き出した先生の、鋭くも温かい観察眼。その原石が、この一冊には惜しみなく詰め込まれている。全編を読み終えたとき、あなたはきっと自分の住むこの世界さえも、少しだけ違った角度で見つめ直していることだろう。 「ファンタジーなのに、なぜか自分たちの物語のように思える」。そんな不思議で濃密なマンガ体験を、ぜひこの一冊で味わってみて欲しい。(牛肉惣菜店経営)

万葉人は蛍に関心が無かった?《文京町便り》48

【コラム・原田博夫】このところ「常陽藝文」センター(つくば教室)で、高校・大学の同級生、糸賀茂男氏(常磐大学名誉教授、土浦市立博物館長、専門は常陸中世史)氏の講座を継続的に受講しています。昨年10月から始まった講座(全10回)は、石岡国府の話題です。 茨城・石岡国府の場所は? 石岡には、相当な期間、国府が置かれていましたが、その場所は必ずしも固定されていたわけではなく、おおむね3期(始源国府<7世紀末~10世紀>、茨城=ばらき=国府<11世紀~12世紀末>、石岡国府<13世紀初め~14世紀中葉あるいは末>)に分けられるなど、これまでの漠然とした認識を改めさせられることの多い、有意義な講座です。 同時に、在庁官人の一部はどうやら、国衙(こくが)から西方で筑波山東麓の、恋瀬川(旧志築川)を挟んだ志築地区(徒歩では約30分)およびその周辺に居住していたのではないかとの推測をうかがうと、(祖父<母方>が志築村<現かすみがうら市>村長だった)当方としては、勝手に妄想が膨らみました。 万葉歌人、高橋虫麻呂の歌 筑波を詠んだ8世紀半ばの万葉歌人・高橋虫麻呂は、次のような歌を残しています。以下は、佐竹昭宏他校注『万葉集(三)』(岩波文庫、2014年)の読み・解釈に従います。 「草枕 旅の憂へを 慰もる 事もありやと 筑波嶺に 登りて見れば 尾花(おばな)散る 師付(しつく、志築)の田居(たゐ)に 雁がねも 寒く来鳴きぬ 新治(にいばり)の 鳥羽の淡海(あふみ)も 秋風に 白波立ちぬ 筑波嶺の 良(よ)けくを見れば 長き日(なげきけ)に 思い積み来(おもいづみこ)し 憂へは止みぬ」(巻第九「雑歌」1757)。 ここでは、都からの長旅の疲れが晩秋の筑波山からの風景で慰められています。 前後して、夏、筑波山に検税使(けんせいし)大伴卿を案内して登山した際の、「衣手(ころもで) 常陸の国の…(中略)…夏草の 繁くはあれど 今日の楽しさ」(巻第九「雑歌」1753)には、都から来訪した上司の希望した筑波登山と宴会を晴天で行えたことの喜びがあふれています。その時期は、奈良時代・天平期のようです。 高橋虫麻呂が、筑波山から詠んだ風景にあえて地名・師付(しつく)を入れたのも、当時の石岡国衙の在庁官人たちにこの地が(居宅地の一つとして)馴染(なじ)みがあったからではないか、と妄想するわけです。 日本人の美意識に変化? 他方、蛍への言及が無いのは、不思議です。というのも、私自身、学齢前の数年間は、石岡市内に居住・転居(守横町や守木町)していて、初夏の夕暮れ、両親とともに、石岡と志築の間を流れ、北西方向に筑波山を望む恋瀬川に、蛍狩りに出かけたことを思い出すからです。その時に見た蛍の演舞する様は、優雅かつ幻想的だったことを、子供心に覚えています。 というよりも、万葉人はどうやら、蛍への関心は無かったのかもしれません。岩波文庫『万葉集』(全5冊、2013~15年)の「索引」にも見当たりません。これは、11世紀初頭には成立したとされる『源氏物語』全五四帖の第二五帖が「蛍」巻とされていて、光源氏と玉鬘の関係をめぐる白眉であるのに比して、大いになる疑問です。 この間に、日本人の美意識に変化があったのでしょうか。地名・志築からの勝手な連想を、たくましくしてみました。(専修大学名誉教授)