金曜日, 2月 6, 2026
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はつゆきさん《短いおはなし》9

【ノベル・伊東葎花】

はつゆきさんと出会った日、僕はまだ小学生だった。

遊び過ぎた帰り道、肌を切るような冷気に、思わず身を縮めた。

「そこのぼうや、早く帰りなさい。雪が降るわよ」

見上げると木の枝に、透き通るような白い女性がいた。

「雪? まだ11月だよ」

僕が言うと、彼女はほほ笑んで白い指をくるりと回した。

途端に、空から無数の雪が舞い落ちてきた。

灯りがともり始めた夕暮れの町が、幻想的な冬景色に変わった。

「わあ、おねえさん、すごい」

はしゃいで見上げると、木の枝に彼女はいなかった。

僕は彼女を「はつゆきさん」と呼んだ。

はつゆきさんは、初雪の季節になると必ず現れた。

ほんの一言、言葉を交わしてすぐに消える。

年に1度、わずかな時間を過ごすだけなのに、僕にとって彼女はかけがえのない存在になった。

僕は20歳になった。

寒さが足元からじわりと伝わる。今日、初雪の予報が出ている。

いつもの場所に向かうと、やはりいた。

はつゆきさんは、木の枝で静かにほほ笑みながら僕を待っていた。

「今年も会えたね」

「今夜は冷えるわ。温かくしてね」

はつゆきさんはいつものように、白い指を空にかざした。

「ちょっと待って!」

彼女が指をくるりと回す前に、僕は慌てて声をかけた。

「こっちに降りてきなよ。もっと話したい」

はつゆきさんは、戸惑いながら枝を離れ、僕の隣にふわりと舞い降りた。

子供の頃はずいぶん大人に見えたけど、今はまるで可憐な少女だ。

その細い肩に触れようとしたら、彼女はひらりと身をかわした。

「触れてはだめ。溶けてしまうわ」

彼女の身体は雪と同じだ。

僕たちは少し離れてベンチに座った。

時々話して、風に踊る枯葉をながめた。

そして明日も逢う約束をして別れた。

その日、初雪は降らなかった。

それから僕たちは、毎日逢った。

天気予報に雪マークが並んでも、雪は降らない。

やがて、はつゆきさんは少しずつ痩せていった。時おりつらそうに息を吐く。

もう限界だ。これ以上引き留めることはできない。

「今日で最後にしよう」

はつゆきさんは、悲しい瞳で僕をじっと見た。

そしてすっかり細くなった手で、僕の手を握った。

僕の体温が、はつゆきさんの方に流れていく。

「だめだよ。溶けちゃうよ」

はつゆきさんは首を横に振り、僕にそっと寄り添った。

溶けてしまう…。溶けてしまう…。

わかっているのに、離れることができない。

「さようなら」小さな声が風に消えた。

はつゆきさんは、木枯らしのベンチに僕を残し、きれいな水になってしまった。

はつゆきさんが消えた翌日、今年初めての雪が降った。

彼女の代わりの誰かがやって来て、雪を降らせたのだろう。

その姿は、僕には見えない。

きっと、やがて彼女と恋に落ちる、どこかの少年にだけ見えるのだろう。(作家)

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ふるさとのない時代《くずかごの唄》154

【コラム・奥井登美子】お正月には誰も故郷に帰りたくなる。私が育ったのは荻窪のみどり幼稚園。緑の名の通り、生垣に囲まれた家と野原の、のんびりした緑色の住宅街だった。 しかし今の東京の町はどこも高いビルばかりで、緑がない。故郷という言葉とはかけ離れた風景になってしまっている。私の故郷と呼べるような所は、もうどこにもなくなってしまったのだ。 幼い時、父の故郷、新富町へもよく連れて行ってもらった。父は歌舞伎座が新富座であった頃の、鉄砲洲小学校出身。「菅原伝授手習鑑」などに寺子屋の子役として駆り出されて、よく出演させられたそうだ。台詞(せりふ)も筋もよく覚えていて、よく私に語って聞かせてくれた。 隅田川のほとりに町があって、父は「〇〇ちゃんの店でノリを買おう」などと、昔の友達の家に寄っておしゃべりするのを楽しみにしていた。父の故郷はいま、日本ではない、高いビルばかりのどこか架空の空間になってしまっている。 タケちゃんの文が朝日に載った 1月27日の朝日新聞「折々のことば 鷲田清一」に、加藤尚武の文が載っていた。「個人の間の平等は、ある程度まで…自然の平等に支えられているが…国力の差は、ネズミとゾウの違いよりも大きい」 加藤尚武は私の弟のタケちゃん。京都大学の哲学教授を務めた後、鳥取に環境大学を創り、環境問題を、哲学のまな板の上に載せた人。「環境問題のすすめ」という著書もある。生活者として、医療と環境を意識して生活している。 加藤家の男たちはみな食べるのが好きで、父も、兄も、タケちゃんも、好きなものを自分で作って食べるのが趣味だ。 私はせめてせめて、お正月くらいは、おしゃべりの好きな弟のタケちゃん、母の昔の味の料理を作ってくれる妹、姪たちに会って、亡くなった父、母、兄の個性を偲(しの)びながら、今の子供たちと比べて、大笑いするしかないのだろうか。(随筆家、薬剤師)