【コラム・瀬尾梨絵】新卒として社会に飛び出したとき、誰もが胸に抱く「理想の自分」。しかし、現実に突きつけられるのは、自分の無力さと、理想とはかけ離れた泥臭い現場であることも少なくない。そんな「やりたいこと」と「できること」のギャップにもだえ、悩み、それでも一歩を踏み出す姿を描いた、ねむようこ先生の「午前3時の無法地帯」(祥伝社、全3巻)を今回はご紹介したい。
主人公・ももこは、イラストレーターを夢見てデザイン事務所に就職したばかりの新卒会社員。彼女が思い描いていたのは、おしゃれでかわいい雑貨のデザインに関わるキラキラした毎日。しかし、配属された先は、パチンコ屋のチラシやPOPを専門に扱う、文字通り「無法地帯」のようなデザイン事務所。午前3時を回っても明かりが消えず、床には誰かが寝ており、タバコの煙と怒号が飛び交う。そこは、彼女の理想とは対極にある場所だった。
本作の最大の魅力は、新卒の誰もが直面する「理想と現実のギャップ」を、ねむ先生特有の柔らかくも鋭い感性で描き出している点にある。「私はもっとかわいいものを描きたいのに」「自分にはもっと才能があるはずなのに」。
そんなももこの心の叫びは、読んでいるこちらの胸をチクリと刺してくる。自分が本当にやりたかったこととは違う、派手でけばけばしいパチンコの広告デザインに追われる日々。その「やらされている感」と、それすらも満足にこなせない「実力不足」の板挟み。この葛藤は、クリエティブな職種に限らず、組織の中で自分の役割を見出せずにいるすべての若手社会人が共感できるはずだ。
今の仕事を本当にやりたかった?
しかし、この物語が単なる「お仕事苦労話」で終わらないのは、その無法地帯な職場にいる人々との交流を通して、ももこが少しずつ「働くことの本質」に触れていくからである。
一見デタラメに見える先輩たちも、実はプロとしての矜持(きょうじ)を持って仕事に向き合っており、自分が嫌っていた仕事の中にも、誰かを喜ばせる工夫や、確かな技術が必要であること。そして、理想の場所にたどり着くためには、まずは目の前の「できること」を必死に積み上げていくしかないということ。ももこが少しずつ顔を上げ、自分の居場所を見つけていく過程は、読者に「今の自分も、あながち間違いじゃないのかも」という小さな救いを与えてくれる。
ねむ先生の描くキャラクターは、どこか抜けていて愛らしく、それでいて生々しい生活感を持っている。徹夜明けのボロボロの肌、深夜に食べるカップ麺の味、理不尽な上司への愚痴。そんな等身大の描写があるからこそ、ももこの成長が輝いて見える。
「今の仕事は、自分が本当にやりたかったことだろうか?」。そう自問自答して立ち止まってしまいそうな夜、ぜひこの本を手に取ってみて欲しい。午前3時の暗闇の中で、それでも灯りを灯し続けるももこたちの姿が、あなたの心にある「ギャップ」を少しだけ埋めてくれるはずだ。(牛肉惣菜店経営)






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