月曜日, 7月 4, 2022
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生存確認 《短いおはなし》3

【ノベル・伊東葎花】

嫁が来たよ。40過ぎてようやく結婚した長男の嫁だ。
杓子(しゃくし)定規で生真面目な、なかなかの変わり者だ。

嫁は、毎週土曜日の13時きっかりにチャイムを鳴らす。
そして玄関先で必ず言うんだ。
「お義母さん、こんにちは。生存確認に参りました」
「はいはい。ご苦労さん。この通り生きてるよ」

嫁は背筋を伸ばして、茶室に招かれたようにお茶を飲む。
「つつじが美しいですね」
庭を愛(め)でることも忘れない。マニュアルがあるのかね。いつも同じだ。

「洋一は元気? ちっとも顔を見せないけど」
「洋一さんは、公私ともに順調です」
「職場の挨拶(あいさつ)みたいだね」
「お義母さん、あの葉っぱは紫陽花(あじさい)ですね」
「そう。うちの紫陽花は近所でも有名だよ。まるで虹の国に迷い込んだみたいにきれいだよ」
「虹の国ですか? すみません。比喩は苦手で、全く想像できません」
「まあ、見たらわかるよ。来月には咲くからさ。生存確認のついでに見たらいいよ」

嫁は急に目線を落として、深々と頭を下げた。
「すみません。私がここへ来るのは今日が最後です」
「ええ、なに? どういうこと?」
「洋一さんからお話があると思いますが、私たち、離婚することになりました」
「噓だろう? まだ1年も経っていないじゃないか」
「私たちは、恋愛をせずに結婚しました。婚期を過ぎて互いに焦っていたのです」
「上手(うま)くいかなかったのかい?」
「洋一さんに、好きな人ができました。私と結婚した後に、運命の人に出会ったそうです」
「何だい、それ。ひどいじゃないか。親の顔が見てみたい…って、あたしか!」
「彼は悪くありません。早まって、私と結婚してしまっただけです」
「だけど、あんたはそれでいいのかい?」
「私、別れを告げられても悲しくなかったんです。契約が終わったくらいにしか感じませんでした。つまり、それが答えです」嫁は表情を変えずに、きれいな姿勢のままお茶を飲みほした。
「生存確認は引き継ぎますので、ご心配なく」
「バカだね。そんなのどうだっていいよ」

嫁は立ち上がって庭を見た。
「虹の国の紫陽花、見たかったです。それだけが心残りです」
少し丸まった背中が微(かす)かに震えている。
たった数ヶ月の付き合いだけど、嫁と庭を眺める時間は嫌いじゃなかった。
紫陽花、一緒に見たいよ。

「ねえ、生存確認は、やっぱりあんたにお願いしたいよ。ダメかね?」
嫁が振り向いて、微かに笑った。
「承知しました。では、これからは嫁ではなく、茶飲み友達として伺います」
「茶飲み友達か。いいねえ」

嫁は、深々と頭を下げて帰っていった。
石畳を歩く歩幅が少しだけ乱れている。
可愛くないね。素直に泣けばいいのにさ。

(作家)

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