火曜日, 1月 13, 2026
ホームつくば筑波大・東京芸大発 若手の感性合流 開幕した「絵画の筑波賞」展

筑波大・東京芸大発 若手の感性合流 開幕した「絵画の筑波賞」展

それぞれつくば市と取手市にキャンパスを置く筑波大学、東京芸術大学の在学生や卒業生ら若手作家の作品を展示する「絵画の筑波賞」展が15日、つくば市二の宮のスタジオ’Sで開幕した。会期は29日まで。「絵画の筑波賞」は主につくば市内の民間企業が中心となり、若手作家の創作活動を支援する目的で2020年に創設され、今年で3回目となる。

19点展示 大賞に森さんの作品

筑波大(洋画研究室、日本画研究室)と東京芸大(油画研究室、日本画研究室)、両大学の各研究室から、35歳以下の作家による19点が推薦され出品された。立島惠さんら5人の審査員が選考した。

大賞受賞の「葉の音」和紙、岩絵具(2022年 53×65.2cm)

その結果、大賞に森友紀恵さん(東京芸大修了)の「葉の音」、準大賞に岡野智史さん(筑波大修了)の「Hungry Predator(飢えた捕食者)」、優秀賞に古山結さん(東京芸大修了)の「I want to know more(もっと知りたい)」と矢野佑貴さん(東京芸大修了)の「大温室」が選出された。その他、奨励賞に4作品、主催者特別賞に2作品が選ばれた。(上位入賞者はいずれも大学院修了者、欧文タイトルにはNEWSつくばが日本語訳を付けた)

「Hungry Predators」岩絵具、麻紙、パネル(2022年 65.2×53cm)

大賞の「葉の音」は、鳥が柳の葉の間を飛ぶ様子を繊細な日本画のタッチで表現。準大賞の「Hungry Predators」はリアルな筆致と迫力ある構図で肉食恐竜と花を描く。優秀賞の「I want to know more」は水干絵具の特色を生かし、色合い美しく丁寧に描かれた作品。同じく優秀賞の「大温室」はコロナ禍以降よく通うようになったというつくばの植物園の温室の様子をいきいきと表現する。

初日に訪れた筑波大学大学院芸術専攻の山梨由理さんは、「同じ大学にいても領域が違うと会わない人も多く、こんな機会がないと他の人の作品を見ることがない。特にコロナ禍で遠くの美術館に足を運ぶことも少なくなったので、同世代の人がどんな作品を作っているか近くで見られる場がありうれしい」と話した。

スタジオ’S担当コーディネーターの浅野恵さんは「若手の新進気鋭の作家さんの作品を見られる貴重な展覧会。筑波大と東京芸大でタッグを組んでの展示も多くはなく、おもしろい取り組みなのでぜひ見に来ていただけたら」と来場を呼びかけた。

同賞は若手の優れた作品に賞を授与し、買い上げて支援するとともに、展示機会を提供することで作品の発信もサポートしようというもの。筑波銀行や関友商事が主催し、主につくば市内の民間企業のほか、個人からの協賛金によって運営されている。

つくば展の後、6月8日から14日まで池袋展(東京・西武池袋本店6階アート・ギャラリー)を開く。各作家の応募作品19点のほか、受賞者には新作の追加出品も行う予定。(田中めぐみ)

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映画「倭文-旅するカジの木」を見て《邑から日本を見る》190

【コラム・先﨑千尋】先月7日、東京都練馬区の大東文化会館で国際シンポジウム「旅するカジの木、旅する神々-静御前と倭文(しづり)」が開かれ、その中で北村皆雄監督の映画「倭文-旅するカジの木」が上映され、北村監督の講演などがあり、筑紫舞、大和高田の白拍子舞などが披露された。 倭文ないしは倭文織は古代の織物の名称で、常陸国風土記や万葉集、日本書紀、延喜式などの古典に登場するが、現物が発見されていないので、“幻の織物”と言われている。その素材はコウゾやカジの木などの自然繊維で、神事に使う幣(ぬさ)、手纏(まとい)、鞍(くら)などに使われていたようだ。 私は那珂市静に鎮座している常陸二の宮静神社のすぐ近くに住んでいることもあって、かなり前からその織物に関心を持って、史料も集めてきた。常陸国風土記には「まだ織物がなかった時代に倭文部(しどりべ)という織物の技能集団が静周辺に来住し、倭文を織った」とある。静神社の主祭神は、織物の神様・建葉槌命(たけはつちのみこと)だ。 「衣食住」という言葉 北村監督は映画上映の前に「衣食住という言葉があるが、衣が最初で、食、住と続く。それはなぜなのか。人が生まれてきて最初に産着(うぶぎ)を着ける。布は第二の皮膚と言われ、人間しか着けない大事なものだ。倭文という謎の織物を手掛かりに、衣の持つ呪術性を探ってみたいと考えて映画を製作した。何もないものを作るのは大変なことで、5年もかかった」と話した。 映画は最初に、日本の原始布が残る徳島県旧木頭村を訪ねるところから始まる。ここではカジの木やコウゾで織る太布(たふ)が現在でも織られている。次に、糸を使わない布、タパが登場する。カジの木の樹皮をたたいて伸ばす。撮影隊は、タパを作っているパプアニューギニアに向かい、人類最古に当たる植物繊維の衣服が今でも作られている有り様を伝える。 カジの木の原産地は中国南部から台湾。そこから4000年にわたってフィリピン、インドネシア、オセアニア、日本などに伝わったという。北村さんらは正確を期するために各地でDNA鑑定を行っている。茨城県内にはコウゾはあるが、カジの木はほとんど見かけない。コウゾはカジの木とヒメコウゾの交配から生まれたものだ。 この映画を作るために、国内の4人の織物作家(山口源兵衛、石川文江、西川はるえ、妹尾直子)が帯や幡(はた)、紙布を作る。その苦労する過程が克明に映し出される。 映画の最後は、日立市の大甕倭文(おおみかしず)神社にある宿魂石上(しゅっこんせきじょう)で、神話に出てくる倭文神「建葉槌命(たけはづちのみこと)」(大和朝廷側)がまつろわぬ星の神「香香背男(かがせお)」を、倭文織を使った呪術的な力で圧倒する場面。この場面だけがフィクションである。 冒頭に戻る。今回のシンポジウムのタイトルに「静御前と倭文」とある。静御前が鎌倉鶴岡八幡宮で歌ったという「しずやしず 倭文の環(おだまき) くりかえし 昔を今になすよしもがな」から採ったと思われるが、静御前と倭文の関係について、今後の研究に期待したい。(元瓜連町長)