【コラム・田口哲郎】
前略
連続テレビ小説「マー姉ちゃん」の再放送が始まりました。昭和54年4月2日から9月29日に初放送されましたから、42年前のドラマです。原作は「サザエさん」の作者として知られる長谷川町子さんの自伝「サザエさんうちあけ話」。長谷川町子さんの半生を姉である長谷川毬子さん(マー姉ちゃん)に焦点を当ててドラマ化したものです。波瀾(はらん)万丈の人生を明るく生き抜く姿に励まされます。
「うちあけ話」は愛読書のひとつです。中学生の時から繰り返して読んでいます。もちろん、「サザエさん」「意地悪ばあさん」など漫画の方も読み込んでいます。「サザエさん」は4コマ漫画ですが、1コマ目を見せてもらえば、2コマ以降が思い浮かびます。
かつて、東京サザエさん学会なる団体がサザエさん研究を行い、『磯野家の謎-「サザエさん」に隠された69の驚き』が出版され、1993年のベストセラーになりました。当然読んで、漫画が研究できるんだ!と感動したのを覚えています。
よく読んでいる「サザエさん」
さて、その東京サザエさん学会の代表を、当時慶應義塾大学の教授・岩松研吉郎先生が務められていました。私が1度目の大学院生の時、とある教授の退官祝賀パーティーで、憧れの岩松先生を見つけました。立食パーティーでしたので、駆け寄って、著書のファンであると告げると、先生は快く雑談に応じてくださいました。
私は読書で気づいたことを矢継ぎ早にお話ししました。マスオさんは早稲田大学出身らしいけれども、長谷川町子さんの周囲の人には東京大学の人が多いからか、サザエさんには慶應色がありませんね、とか。サザエさんは庶民派と言われますけど、時代が進んで世田谷が武蔵野の田舎から高級住宅地になるにつれて、サザエさん一家の周りは庶民っぽくなくなりますね、とか。「君、ずいぶんよく読んでるんだね」と言われ、私はにんまりとしました。
「よく読んでるんだね」という言葉は、今思い出してもうれしいのです。字の本は読むのが遅くてはかどらないけれど、4コマ漫画はとても楽しいので、いくらでも読めます。読み返すたびに、新たな発見や気づきがあります。大学院生として字の本を読む重圧にへこんでいた時に、まったく畑違いのところで褒められた(?)ことが砂漠にわいた泉のように心を癒やしてくれました。
長谷川町子さんの師匠は「のらくろ」の田河水泡(たがわ すいほう)さんです。田河さんは全国の勤労少年を励まそうと、野良犬が上等兵になっていく「のらくろ」を描いたそうです。長谷川さんはその精神を引き継いだのでしょう。「マー姉ちゃん」でも語られていました。おかげで疲れ果てた院生をも励ましてくれました。これからも長谷川漫画は愛読書です。ごきげんよう。
草々(散歩好きの文明批評家)