10分間の中強度(ややきつめ)のランニングが快適気分を誘発すると同時に、脳の活動を促進し認知機能を⾼めることが初めて実験で証明された。筑波⼤学体育系ヒューマン・ハイ・パフォーマンス先端研究センター(ARIHHP、つくば市天王台)の征⽮英昭教授らの研究成果として22日、学術誌にオンライン発表された。
ランニングは、⼈類の⽣理的・解剖学的進化に強く関係していると⾔われてきた。しかし実験室の運動負荷試験で得られた知見の大部分は、ペダリング運動(自転車などを漕ぐ動作)によるものだった。このため全⾝をリズミカル、かつダイナミックに使うランニングが、ヒトの脳にどのような影響を与えるのかについての知⾒は不⾜していた。
征矢研究室は今回、トレッドミル(屋内でランニングやウオーキングを行うための健康器具)を⽤いて運動強度を厳密に規定し、中強度に相当するランニングが脳の前頭前野を基盤とした認知機能や快適気分に与える影響と、その背景にある脳内神経機構について、脳の局所的な⾎流の変化を捉える機能的近⾚外分光分析法(fNIRS、※メモ参照)を⽤いて検証した。
実験には26⼈の健常若齢成⼈(⼥性8⼈、男性16⼈)の⼤学⽣・⼤学院⽣が参加した。実験参加者は運動条件か対照条件にランダムに振り分けられ、別の日に残りの条件の実験に参加した。ランニング条件では、最⼤酸素摂取量の50%となるトレッドミルスピード(ややきついと感じる1分当たり心拍数140拍程度)で10分間ランニングしてもらった。対照条件は何もせずに座位安静を維持した。各条件とも実験前後に覚醒度と快適度に関する8項⽬の質問に回答してもらい、またストループ課題を行った。
ストループ課題は、文字の色の情報と文字の意味が持つ情報、それぞれ2つの持つ情報が矛盾している場合、答えを導き出すまでに時間が掛かってしまう現象を利用した課題を設定して行うテスト。課題の回答中には、fNIRSを用いて前頭前野の酸素化ヘモグロビン濃度変化を測定した。
その結果、ランニングは安静に⽐べて覚醒度と快適度を向上させていた。過去の研究ではペダリング運動によって覚醒度は顕著に増加したが快適度は変化しておらず、ランニングはより快適気分を誘発しやすい運動形態である可能性が示された。またストループ課題の回答にかかった反応時間を安静前後とランニング前後で比較したところ、ランニング前後の方が有意に減少していた。
さらにストループ課題回答中にfNIRSを用いて前頭前野の酸素化ヘモグロビン濃度変化を測定した結果では、安静時と比べランニング条件で脳活動(不一致課題の脳活動と中立の脳活動の差)が有意に増加した脳部位が、ペダリングを用いた先行研究と比べて両側の外側前頭前野で活動していることが分かった。(上図参照)
スローなランニングは海馬を活性化
今回の実験は中強度という「ややきつい」と感じる強度で行われたが、これよりも軽い運動でも効果がある可能性があると征矢教授は話す。「動物(ネズミ)研究では、スローペースのランニングが海馬を活性化させたり、長期的に続けると海馬の一部の神経を新しく生み出したり記憶力が向上することがわかっている」
今回は大学生・大学院生を被験者にした結果だが、中高齢者にも同様の効果が十分に期待できる。一方で若者と中高齢者とでは脳内機構は異なる可能性があり、征矢教授は今後の検証が必要と考えている。(如月啓)
※メモ 機能的近赤外分光分析法(fNIRS)
脳イメージング法の一つ。近赤外光を利用し、血中の酵素化ヘモグロビンと脱酸素化ヘモグロビンの濃度変化を捉えることで、神経活動によって引き起こされる局所的な脳血流の変化を計測する。