金曜日, 1月 30, 2026
ホームつくばツクバブルーを世界へ! 渋谷怜さん【染色人を訪ねて】2

ツクバブルーを世界へ! 渋谷怜さん【染色人を訪ねて】2

濃紺の軽トラックが、研究学園都市の幹線道路をさっそうと走る。メーカーカタログには見られない車体色。よく見るとハンドメイドで塗装した刷毛(はけ)の跡がそこかしこにある。その濃紺の車体に、白く刻まれた「TSUKUBA BLUE(ツクバ ブルー)」の文字。

それが、藍師をめざす渋谷怜さん(39)の染色に掲げたテーマだ。

渋谷怜さん

「かつてはどんな地域にも存在した紺屋(こうや)という職種を、つくばの住人になって、いろいろな縁をいただく中で知りました。紺屋が営んでいた天然素材を使った藍染の古く繊細な技術を今の世の中に呼び覚まし、つくばの地から広い世界に届けていきたい。そんな願望が、ツクバブルーという言葉になりました」

渋谷さんはもともと、東京住まいのアウトドア製品メーカーの社員だった。子供が生まれ、のびのびと子育てをしたいという夫婦の希望が、メーカーのつくば支店開設と合致し、店長として転勤しながら、居をつくば市に落ち着かせた。

「まだつくばの住人になって8年ほどです。あるとき、家族でデイキャンプに出かけたのですが、そのとき隣のサイトでワイワイとやっていたのが、染色家の丹羽花菜子さんのご主人でした。彼も私と同業者で意気投合することになり、その後、子供を通わせた保育園で、丹羽さんのお子さんも一緒であることを知り、花菜子さんの藍染を体験させていただいたことが転機になりました」

ツクバブルーの軽トラック

渋谷さんは興味を持ったものに対して没頭する性格だった。この出会いと前後するが、自転車のメカニズムにひかれて車体を分解して組み立て直したり、ミシンに高じてお子さんの服を自ら縫ってみたりのトライアルをいくつも行ってきた。そのひとつが、縫い上げたお子さんの服を使った藍染だ。

「自分の作業で青く染まっていく服を眺めながら、背中を突き動かされるんです。もう、まさしく、これだ!と」

丹羽さんの工房で藍染の歴史や技術を学ぶ中で、原料である蓼藍(たであい)がつくばの地では不足していることや、そもそも紺屋という地域の職種が衰退していることにも思うところがあり、仕事を辞した。

「もちろん、仕事にはやりがいを感じていましたが、家族と一緒に過ごせる時間をもっと大事にしたいという気持ちが本心です。それをかなえながら、打ち込めるもの。藍染には今の自分が打ち込める魅力があります」

つくば市内の蓼藍畑

知人であり藍を生産している未来農家GoRe3の鈴木聡さんとともに蓼藍畑を耕した。昨年、つくば市のマルシェイベントに参加し、蒅(すくも)を使わず直接染められる「生葉(なまば)染め」をアピールした。つくばエクスプレスつくば駅前のペデストリアンデッキで、プランターに植えた蓼藍から採取した生葉の緑色が、布地を青く染めていく様子は、イベントに訪れた人々の関心を集めたという。

「私自身はこのイベントには1回しか出られなかったのですが、蓼藍づくりを協力してくれる農家や仲間たちに助けられました。このメンバーと、『チーム ペリヘリオン(太陽と惑星の近日点のこと)』を立ち上げ、藍染の文化をよみがえらせ、例えばキャンプ用のタープや、オリジナルTシャツを制作して、ツクバブルーというブランディングを実現したい」

渋谷さんの見ているツクバブルーの青は、まだどんな色なのか誰も知らない。渋谷さん自身が駆け出しで、青の持つ言葉やイメージの領域の広さに戸惑うこともある。ひとつ言える確かなことは、藍染と出合い、創造の戸口に立った渋谷さんのすべてがそこに凝集している。

体験イベント

「染色のための設備はこれから整えていくので、作業自体は桜川市(真壁地区)の藍保存会の皆さんにお世話になっています。私自身は蓼藍を蒅に変え、つくばの特産品に育てていきたい。染め上げた二次製品の数々を介して、つくば発の藍染という小さな産業と文化を送り出していきます」

「わくわくすること、興味を持ったことにはじっくりと取り組んでほしい」—。これは渋谷さんの、昨年亡くなられた妻の願いだという。過ぎ去った時間は戻らないが、渋谷さんが作り出す藍染とその手で染められた布や衣服は、長く思いを残していく。ツクバブルーのまだ見ぬ青は少し悲しくも、それを大きく包み込むやさしさの色になっていくだろう。(鴨志田隆之) 写真提供 渋谷さん

渋谷 怜(しぶや・れい)
1982年岐阜県多治見市出身
アウトドア用品メーカーSNOWPEAK勤務を経て独立
2020年からツクバブループロジェクトをスタート

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

3 コメント

3 Comments
フィードバック
すべてのコメントを見る
スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最近のコメント

最新記事

入院中の子供たちに寄り添う ファシリティドッグ導入へ 筑波大病院

来年4月から 入院中の子供たちに寄り添い、前向きな気持ちを引き出す「ファシリティドッグ」を筑波大学附属病院(つくば市天久保、平松祐司病院長)が2027年4月から小児病棟に導入する。国立大学病院としては全国初となる。 平松病院長は「つらい治療に向き合っている子供たちの心の支えとしてファシリティドッグが医療チームに加わってくれれば、子供たちは強い力を発揮して病気を克服してくれると思う」と期待を話す。 ファシリティドッグは、がんや重い病気と闘う子供たちのそばで、治療や検査に付き添ったり、リハビリに参加したり、不安な時に添い寝したり、話し相手になったりする。特別な研修を受けた看護師が犬とペアを組んで子供たちの心のケアをする。 同小児病棟には40床の病床がある。病気と向き合う子供たちにとって、治療や検査に伴う不安や恐怖、痛みは大きなストレスとなっていることから、子供たちが少しでも笑顔で過ごせる時間を増やそうと導入を決めた。 ファシリティドッグの訓練を実施し全国のこども病院などに様々なプログラムを提供している認定NPOシャイン・オン・キッズ(東京都中央区)と協働で取り組む。 導入に向け、地元の関彰商事が支援するほか、3月4日から2200万円を目標にクラウドファンディングによる寄付を募る。さらに寄付による支援を受けながら、犬の訓練や看護師の研修などの準備を進める。導入後は6年以上にわたって継続的な活動を想定している。入院患者には利用料は発生しない。将来的には緩和ケア病棟など一般病徴で大人のケアを行うことも視野に入れているという。 29日はファシリティードッグのミコ(ラブラドールレトリバー、3歳メス)が、同NPOのトレーナーなどと共に実際に小児病棟を訪れ、入院中の子供たちと触れ合うなどした。その後、永田恭介学長、平松病院長らと並んで記者会見席に座り、西尾チヅル副学長のひざにあごを乗せるなどのデモンストレーションを披露した。支援を決めた関彰商事の関正樹社長は「セキショウグループは2018年に創業120周年を迎え、120周年記念事業の一つとして取り組む。全社員で企画の志を共有したい。少しでもお役に立てれば」と話していた。(鈴木宏子)

水戸と筑波の「梅まつり」を比較する《水戸っぽの眼》9

【コラム・沼田誠】今年もまもなく「梅まつり」の季節…と言ったとき、つくば市の皆さんは「筑波山梅まつり」を想起されるでしょうか? それとも「水戸の梅まつり」でしょうか? つくば市の皆さまには申し訳ないのですが、「梅まつり」と言えば、水戸に縁がある私にとっては偕楽園の「水戸の梅まつり」です。年明けに暖かい日もあったことから、偕楽園では梅が咲き始めているとの情報も入ってきました。一方、本サイトの記事「ロウバイが満開 筑波山梅林…」(1月14日掲載)に掲載された写真を見て、「筑波山の梅もなかなかよいかも」と感じました。余談ですが、水戸でロウバイ(蝋梅)と言えば弘道館です。本館前のロウバイが開花したとの情報を得ると、早春の香りを楽しみに弘道館を訪れたものです。ということで、今回は「水戸の梅まつり」と「筑波山梅まつり」を比べてみます。 入込客数:水戸24万、筑波15万 まず、県の観光動態調査の数字(入込客数)を見てみます。「水戸の梅まつり」は2010年までは約100万人で推移していました。ところが、2011年の東北大震災で50万人台に落ち込みました。その後も震災前の水準に戻らなかったところ、コロナ禍でさらに減り、直近では24万人台(2025年24.4万人)で推移しています。 もちろん「入込客数」は推計であり、数え方が変わって実数に近づいた結果、減ったように見える可能性もあります。しかし、外部からのショックで数字が大きく揺れる、という傾向は読み取れます。一方、「筑波山梅まつり」はどうでしょうか。2010年は18万人で、震災の年だった2011年でも12万人を確保しています。そして2019年が19万人。ここがひとつのヤマで、2023年には18万人まで戻り、2024年は15万人でした。「水戸の梅まつり」に比べると、乱高下はしていないが、右肩上がりでもない、「上限が見えやすい催し」だと思います。 無理せず気持ちよく回遊-筑波山 その原因は、たぶん交通です。筑波山の梅は、ロープウェイ駅などの限られた入口から歩き出して見に行くようになっています。このため、駐車場やロープウェイなどの収容力や渋滞、公共交通の便といった物理的限界が、そのまま来訪の上限になっているのではないかと思います。 上にリンクを張ったロウバイ記事の「駐車場満杯」も、その「入り口の細さ」を象徴しているように見えます。このことを踏まえれば、無理に増やすより、気持ちよく回遊してもらう―そういうイベント設計思想の方がふさわしいのかもしれません。 歴史を借景に楽しむ-水戸偕楽園 一方、「水戸の梅まつり」は、「地元で自然発生した催し」ではなく、鉄道開通後に始まった観梅列車の運行(当時のインフルエンサーだった新聞記事とセット)と深く結びつきながら、観光のしくみとして育ってきた経緯があります。偕楽園が「藩主の庭園」から観光資源へと変わっていく過程で、鉄道側の観光サービスが重要だったわけです。つまり、偕楽園は「歴史を借景に梅を見る」場所、筑波山は「地形を楽しみながら梅に会いに行く」場所。同じ早春の花でも、味わいが別ジャンルなのです。その違いを感じるために、今早春は、どちらの「梅まつり」にも行ってみませんか?(元水戸市みとの魅力発信課長)

書店で万引き 職員を停職処分 つくば市

つくば市は28日、同市教育局、40代の非管理職職員を同日付けで停職2カ月と3日の懲戒処分にしたと発表した。同職員は昨年4月8日と7月28日の2度にわたり、市内のそれぞれ別の商業施設内の書店で書籍を万引きし、7月の万引きについて窃盗罪で起訴され、昨年11月20日に土浦簡易裁判所から罰金20万円の略式命令を受けたなど、地方公務員法に定められた全体の奉仕者たるにふさわしくない非行があったなどとされる。 市教育局教育総務課によると、職員は4月に書籍10冊を万引きし警察の取り調べを受けた。7月には3冊を万引きし、防犯カメラに映っていたことから後日、警察の取り調べを受け、起訴された。 職員は両日とも休暇をとっており、公務外だったという。いずれも犯行を認め謝罪しているが、なぜ万引きしたかについては、万引きの記憶がないなどと話しているという。 罰金の略式命令が出されたのを受けて、市は職員の懲戒処分について審査する職員分限懲戒審査委員会を開き、27日に処分を決定した。規定では本来、停職6カ月にすべきだが、同職員には雇用期間の定めがあり今年3月末までの任期であるため、任期末日までの停職処分にしたとしている。同職員の性別や、正職員であるか非正規職員であるかについて市は公表しないとしている。 森田充市教育長は「市民の信頼を著しく失墜させる事態になり、誠に遺憾で深くお詫びします。改めて職員に服務規律の順守を徹底させ信頼回復に努めます」などとするコメントを発表した。

稲葉英樹氏第一声 全文文字起こし 茨城6区 衆院選’26

➡音声はこちら https://youtu.be/XNo6pDA-eEk ただいまご紹介に預かりました、茨城6区から立候補いたしました、稲葉英樹と申します。二見さんからの応援、そして恩人でもある古澤市議からの応援、とてもうれしかったです。その声に負けず、この選挙戦を頑張っていきたいと思います。 今度の選挙、どの政党が国民目線で働く政党かを見極める選挙になります。日本共産党は、暮らし、平和、人権、あらゆる分野で、党を作って103年、国民のために1ミリもブレずに働いてきた政党です。政党を選ぶ比例は日本共産党に、そしてここ茨城6区は私、稲葉英樹に皆さんの一票をお寄せください。よろしくお願いします。 皆さん、私は土浦で生まれ、土浦の風に吹かれ育ちました。私にとっての日常というのは決して平坦なものでありませんでした。小学校2年生の時に私は父を亡くしました。それ以来、私の家は母一人子一人の家庭となり、母は泣き言一つ言わず、文字通り身を粉にして働いてくれました。「生きるということはこんなに大変なのか」と子供心に感じてきました。今度の総選挙、私が立候補を決めた理由の一つは、、母のような苦労を他の誰にもさせたくないという思いがあったからです。 皆さん、今の政治は一体誰の方を向いているのでしょうか。地域を歩けば切実な声が聞こえてきます。「給料は上がらないのに、スーパーの買い物は日に日に高くなる、閉店間際の半値引きでしのいでいる」「子どもの学費を払うために、自分の食事を抜いている」ー。これが、この茨城の、この日本のリアルな姿です。ひとり親家庭が増えています。しかし、社会のセーフティーネットはボロボロにされ、自己責任が押し付けられています。 自民党の政治家はどうでしょうか。裏金にまみれ、特権階級の椅子に踏んぞり返り、一杯のカップラーメンの値段すら知らない。そんな人たちに私たちの生活の痛みが分かるはずもありません。国民を向かない、庶民の苦労を知らない自民党政治は、もう終わらせようでありませんか。 皆さん、今政府が進めているのは、5年で43兆円という途方もない大軍拡。その莫大な税金があるなら、なぜ今この瞬間、明日の生活におびえる親子に差し伸べないのか。軍備に回す金があるなら福祉に回せ、これが私の魂からの叫びです。 消費税を5%に下げ、将来的に廃止する。子どもが笑える社会なら、その親も、そして日本を支えてこられた高齢者の皆さんも、安心して笑っていられるはずです、笑って暮らせるはずです。それが政治の本来の役割ではないでしょうか。 私にはエリートのような輝かしい経歴はありません。しかし誰よりも生活の痛みを知っています。母の手のひらの固さを知っています。 自民党が強くても諦めるわけにはいきません。私、稲葉英樹、そして日本共産党が大きく強くなることは、あなたの暮らしが大切にされる社会への第一歩です。 どうか皆さんの手で、この茨城6区から新しい政治の扉を開かせてください。皆さんの暮らしの声を、まっすぐに国会へ届けてまいります。比例は日本共産党、小選挙区は私、稲葉英樹への一票を周りの方へ大きく広げてください。共に誰もが笑って暮らせる日本を作っていきましょう。全力で最後まで訴え抜きます。寒い中ありがとうございました。