月曜日, 2月 23, 2026
ホームつくば筑波の藍甕受け継ぐ 丹羽花菜子さん【染色人を訪ねて】1

筑波の藍甕受け継ぐ 丹羽花菜子さん【染色人を訪ねて】1

明治時代にはどんな町や村にも存在した染物屋は、衣料品の近代化とともに姿を消していった。染物屋という業種が潰えたわけではないが、その多くは工業化の道をたどっている。そのような現代において、「染」の世界を通してネットワークを築く人々と出会った。つくば市、土浦市で染色を営む染色人を4回にわたって紹介する。

藍は地域の歴史と文化

つくば市神郡で藍染工房・藍染風布(あいぞめふうぷ)を営む丹羽花菜子さん(36)を訪ねた。神郡のような場所で染色ができるのか?という素朴な疑問だったが、丹羽さんの話はまったく逆であった。

「野良着などの需要から、明治以前はどんな小さな町や村にも必ず一軒は『紺屋(こうや)』があったと言われていて、藍染は人々の暮らしの中で身近な存在だったんですよ」

丹羽花菜子さん

丹羽さんの場合、それだけではなかった。神郡を選んだことは偶然だったが、定住してみて藍染との不思議な縁に恵まれたという。

「大学では選択したコースがテキスタイルデザイン(織物・染物のデザイン)に特化していました。私は日本古来の伝統的な染色に興味があったので、4年生の時に東京の青梅市にあった藍染工房にアルバイトで入り、そのまま就職したのです」

それが藍染との出合いで、9年ほど働き、独立した。夫の実家がある常総市で、藍染の原料となる植物・蓼藍(たであい)の栽培を始めたものの、常総市から眺める筑波山の姿に魅せられ、山麓で藍染をしながら過ごせたらいいねという単純な気持ちで土地を探しに出た。

無事だった4甕

「そこで、地主さんの近所に50年ほど前まで藍染をやっていた職人さんがいらっしゃることを聞き、訪ねてみると、藍甕(あいがめ)が残っていたのです。本当はいくつも保管されていたのだそうですが、東日本大震災の際にほとんどが割れてしまい、無事だったものが4甕だったと。それを譲っていただき、偶然にも筑波の藍染を受け継ぐこととなりました」

受け継がれた藍甕

丹羽さんはそれまで、ポリタンクを使って染液の藍建てをしてきた。工程はタンクでも甕でも同じだが、地域に眠っていた歴史を受け継ぐという意味で、丹羽さんは筑波山麓にいざなわれていたのである。

「天然の藍は世界最古の染料とも言われていて、日本では奈良時代以降全国に広まりましたが、明治に入ってから化学合成で合理的、効率的に染色できる技術、俗にいう『インディゴ染』が、地域の藍染を衰退させました。自然界で藍以外に『青い色』を出せる植物は、世界的にも少ないのです。日本では現在、徳島県が蒅(すくも)の一大生産地ですが、少しずつ後継者不足が取り沙汰されるようになっています。でも、かつてはどんな土地でも原料を育て、藍染をなりわいとする人々はいました。筑波の地もそうであったように」

蓼藍の花と葉(丹羽さん提供)

藍染の原料となる蓼藍は一年草だ。収穫して乾燥、適度な水分を加えて堆肥化させたものが蒅だ。これを甕やタンク内で灰汁(あく)、貝灰(かいばい)、日本酒、ふすまを混合して発酵させる。この蒅による藍染は、日本独特の文化だ。

藍染の染液作りで特徴的な部分は、木灰の灰汁によるアルカリ性の発酵によるものだ。強アルカリの環境下でなければ、蒅の中の青い色素の元は還元されず、素材に定着することはない。液に浸した素材を引き上げ、空気中の酸素に触れることで、初めて青色が定着する。

蓼藍からすくもが作られ、染料になる(丹羽さん提供)

「藍染の濃淡は、素材を染料に出し入れする回数で変わっていきます。ただし常に1回の染まり方が同じ、というわけではありません。人間と同じで、体力を使うと疲れてしまい、徐々に染まり方が弱くなります。丸1日染めの作業をしたら、2~3日は染めずに甕を休ませることで、再び染まる力が回復します。こうした染色のサイクルや、青を染料として定着させる技術は、とても繊細で高度です。それらがどんな地域にもなりわいとして根付いていたということに、天然染色である藍への憧れがあります」

今、つくば市を中心に染色を営む人々の横の繋がりができつつあり、丹羽さんも月に一度、作家仲間と交流を兼ねて持ち寄った取り組みの成果を情報交換している。

藍染の様々な濃淡

年が明けると、丹羽さんには2人目のお子さんが誕生する。そのため、個展の開催はしばらく控え、代わりに工房に客を招いて染色体験を企画していくという。

「本心を言うと、伝統技術の継承であるとか、世界最古の染色手法であるとかの、重大な使命を帯びてのことではないんです。神郡に住んで、近隣の皆さんとの交流が生まれ、その優しさやおおらかさで守られています。ならば私のできることで、地域に寄り添って恩返ししていきたい。その一方で、藍染めに取り組みたいという人々にも、これは小さいけれど素敵な産業だということを伝えたい」

藍がもたらす染色の色彩は、古代人が眺めていた空や海の色合いだと丹羽さんは語る。青い色には心の沈静作用があると同時に、孤独感を覚えることもある。それらは人々の遺伝情報にある、古代人の青に対する感情。そのような悠久の想いが、藍で再現され、現代まで連綿と続いているという。(鴨志田隆之)

丹羽 花菜子(にわ かなこ)
1985年 北海道札幌市生まれ
2008年 武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科テキスタイル専攻卒業
大学在学時より、東京都青梅市の藍染工房壺草苑(こそうえん)で勤務し、2016年、つくば市に移住。2017年、藍染風布として作家活動を始め、2020年、筑波山麓に工房を移転。
藍染風布 https://www.aizome-foopu.com/

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最近のコメント

最新記事

戦争と差別に反対 若者たちがスタンディングデモ つくば駅前

選挙結果に危機感 2月8日投開票の衆院選で与党が大勝した結果を受け、戦争や差別への懸念を訴える若者たちが21日、「戦争と差別 もうたくさん!」などと書かれたポスターを手に、つくば駅前のつくばセンター広場で街頭に立った。外国にルーツを持つ若者を中心に80人余りが、それぞれが抱く経験や思いを語りながら、「声を上げ続けることの大切さ」を訴えた。 大学院生が呼び掛け スタンディングデモを呼び掛けたのは、つくば市在住の大学院生、ハナさん(25)。日本とナイジェリアにルーツを持ち、つくばで生まれ育った。2週間前の衆院選で、与党の自民党が大勝した結果について、「自分にとっては衝撃的だった。食べ物は高く、賃金は低い。毎日生活が苦しい状況で、軍事費を上げようとする。日本が戦争に向かっているように感じた」と語る。 ハナさんは、近年強まっていると感じる排外主義や差別に対する危機感も、デモ開催の理由の一つだという。ハナさん自身も、生活の中で差別を感じた経験がある。物件を探していた際、「アフリカ系のハーフだから難しい」と断られたことがあり、不動産業界でも外国人風の人を断る家主が増えていると説明されたことがある。 選挙戦の中では、つくば駅前で外国人排斥を訴える候補者を見ることもあった。「多様な人が暮らすつくばで、外国人を追い出せという声があるのは悲しい。ネット上でも差別的な言葉をよく見るようになった。それが訂正されないまま広がっているのが怖い」とし、「外国人や性的マイノリティ、女性など弱い立場の人が切り捨てられ、スケープゴートにされ、対立があおられていると感じる」と話す。 中高生らも参加 デモには多様な背景を持つ学生が参加した。中国で生活し、現地で反日デモを目撃した経験を持つ中学2年の参加者は「今の日本の状況には複雑な気持ちがある」と話す。「日本人だけど、中国語が話せるというだけで嫌なことをされたり、言われたりしたことがある。それはおかしいと思う」。一方で、多様な言語や文化に触れる経験は自分の世界を広げたとも語り、「いろんな人を受け入れる社会になってほしい」と訴えた。 市内在住の高校3年ジボフスキー・ニキータさんは、「外国人への嫌悪と闘いたいと思って参加した」と話した。同じく高校3年のマッコイ・キリアンさんは「私の家族も差別を経験してきた。差別のない平和な世界をつくっていきたい」とし、高校2年の荒木茉莉花さんは「戦争や差別のない世界にしたい。一つの国のことを語るにも、その国の中にもいろいろな立場の人がいることをしっかり考えなくてはいけない」と、国や立場によって単純に善悪を決めつけない視点の大切さを強調した。 「市民運動の力示したい」 ハナさんは、2年前から仲間たちと声を掛け合い、パレスチナ連帯を訴えるスタンディングを毎月開催してきた。そこで感じてきたのが今回のデモのテーマの一つでもある「市民運動の力」だとし、「選挙結果を見ると、みんなが差別に賛成しているように見えるかもしれない。でも、実際には反対している人は多い。パレスチナに関してもそう。その声を見える形にしたかった」と話す。また、外国にルーツを持つ人が政治について発言すると批判されることがあるとしながら、「日本に住んでいる人なら誰でも、差別は嫌だと言う権利がある」と強調し、「裏金問題や統一協会との関係など、批判されるべきものが批判されないまま、憲法改正が押し進められようとしている。私たちは、そんなこと望んでいない。差別は嫌だ、戦争は嫌だという当たり前のことを、当たり前に言える社会にしたい」と訴えた。 会場には、通行人も自由に思いを書き込めるように付箋と大型の模造紙が用意された。スピーチも誰でもできるようにし、「みんなの声を可視化する場にしたい」という思いが込められた。 来場した牛久市の細谷一明さん(62)は「23歳と17歳の子どもがいるが、彼らを戦争に行かせたくない。雰囲気に流されないよう、声を上げることが大切」と語った。(柴田大輔)

新党「中道」はこれからどうなる《文京町便り》49

【コラム・原田博夫】唐突に始まり、2月8日が投開票日だった総選挙は、自民党の歴史的大勝で、高市早苗首相の賭けは見事に当たった。急ごしらえの野党第一党、中道改革連合は壊滅し、議席数では3分の1に落ち込んだ。これほどのコントラストは、国民一般のみならず永田町の消息通や選挙プロも、事前には予想できていなかった。 実体のなかった新党「中道」の敗北を受けて、共同代表の野田佳彦(旧、立憲)氏と斉藤鉄夫(旧、公明)氏は責任を取り、ともに退任。敗退の原因は解明しきれず、「中道」の認知度も低いままだが、その新代表に小川淳也氏(香川1区、54歳)が選出され、幹事長には階毅維氏(盛岡1区、59歳)が指名され、新執行部が発足。翌18日には、特別国会で首相に指名されて、第2次高市内閣が発足した。 しかし、衆院を基盤とする中道は存在するも、参院では立憲と公明は継続し、国会議員総体では3党の連絡協議の場が設けられることになった。さらに、1976年総選挙以来の慣例で第2会派に当てられてきた衆院副議長ポストに関しては、打診された立憲・元代表の泉健太氏(京都3区、51歳)が拒否したため、石井啓一氏(比例北関東、67歳)が就くことになった。 気になる政治家、小川新代表 というわけで、新党・中道の船出は甚だ厳しい。小川新代表は、不退転の覚悟で議論を尽くして党内融和を図り、18日の議員総会では「巨大与党の権力の横暴や怠慢は絶対に許さない。権力監視の先頭に立つ」と言っているが、このスタイルは旧来の野党色を引きずっている印象がある。こうした対決色は果たして、有権者とりわけ20~40歳代にどれだけ届くだろうか。言い換えれば、無党派層に刺さるだろうか。 ここ数年の国政選挙で、国民民主、維新、参政、みらいなどの一点突破型新党が順繰りにそれなりの議席を確保してきたことを踏まえると、その時々のテーマやイシューに躊躇(ちゅうちょ)なく取り組む、進取性が求められる気がする。そうした潮目の変化を「つかむ」「引き出す」柔軟さと戦略性こそが、巨大与党に対峙(たいじ)するには必要ではないか。 たまたま私は、小川新代表と2000年ごろ、ロンドンで交流があり、その誼(よしみ)で夏の週末、リッチモンド野外で開かれたコンサートを家族連れで楽しんだことがある。 その時の小川氏の真摯(しんし)かつ謙虚な言動に感心し、政界に転じた後も折々の活躍を気にしてきた。この際、経済学者リカードの比較優位(自分の相対的に優位な分野に特化すべし)原理に基づいて、ご自分のキャラクターと年来のスタイルを貫き、かつグローバルに激動の時代の息吹を感じ取る柔軟性を発揮してもらいたい、と祈る。(専修大学名誉教授)

雪と氷とコハクチョウ《鳥撮り三昧》10

【コラム・海老原信一】今回の題は「雪と氷とコハクチョウ」ですが、北国に行けば普通に見られる光景です。県南地域ではどうでしょう。寒さが募る1~2月、時々雪が降り、公園の池や沼も結氷します。洞峰公園の沼でも、日陰になる場所の雪や氷が溶けることなく、厚さを増すことがあります。そんなときはカモたちの様子を楽しめます。 しかし、ゼロではありませんが、つくば市の洞峰公園の沼にハクチョウが飛来することはあまりありません。20数年前に数羽の飛来を確認できたのに、連続しての飛来がなかったのは残念です。 水戸市の大塚池や旧瓜連町の古徳沼は、ハクチョウの飛来地として知られています。土浦市の乙戸沼もハクチョウの飛来を楽しめる場所です。私の記憶では、主にコハクチョウでしたが、数羽で飛来したハクチョウが20~30羽に増え、多いときには90数羽にもなりました。 私が観察を始めてから数年、20羽前後で飛来していました。しかし、ここ数年は減っており、「気候温暖化」の影響かなと思っています。少なくなったものの、今でも12月末には飛来し、乙戸沼を散策する人たちは、2月中旬ぐらいまでハクチョウを楽しめます。 ところが、2025年12月末~26年1月初旬、その姿が見られませんでした。この原稿を書いている1月18日には飛来しているのか、分かりません。近日中に行ってみるつもりです。 降雪後の晴れて冷えた朝 乙戸沼でのことですが、「雪と氷とコハクチョウ」を経験できたことがあります。22年1月の雪が降った後の晴れて冷えた朝、水面は全面結氷。コハクチョウが数羽、岸近くの日が当たりそうな氷の上に身を伏せ、じっとしていました。 長い首を水中に差し込み、水底の水草の根などを食べる彼らにとって、氷が解けないことには食事ができません。人が与える食べ物を得るにしても、足元が氷では思うように動けません。身を守る上でも不利と思っているのでしょう。ひたすら氷解を待っていると、私は見ていました。 こういったコハクチョウの様子をうれしそうに見ている私を、彼らは「ひどい奴だ」と思っていたかもしれません。それでも「これからも来てほしい、楽しませてほしい」と、彼らの飛来を願っている私。そのために何ができるのかを考えながら、野鳥の観察を続けたいと思っています。(写真家) 追記:1月20日、11羽の乙戸沼飛来を確認し一安心。

つくば市平沢で林野火災 女性がやけど

【差し替え:22日午前11時】20日午後2時14分ごろ、つくば市平沢の山林で火災が発生、約3800平方メートルが焼けた。この火事で70代女性がやけどを負い病院に救急車で搬送された。 火は同夜11時42分、延焼の危険がない鎮圧状態となり、21日午後0時半時点でほぼ鎮火、22日午前8時50分に完全に鎮火したことが確認された。 市消防本部によると、現場は社会福祉法人筑峯学園北側の山林で、20日は市消防本部と消防団から消防車両14台と消防隊員ら81人が出動し、ドローンによる調査とジェットシューター(背負式消火水のう)などで消火活動を実施したほか、県防災ヘリコプターが上空から計10回4400リットルを放水した。 鎮圧後の翌21日も、残り火やくすぶりを完全に消し止める残火処理を午後0時半まで実施。さらに再出火防止のための巡回を続け、22日朝、鎮火が確認された。 市消防で出火原因を調べている。20日は筑峯学園の利用者らが一時避難した。 五十嵐立青市長は、林野火災の多くは、たき火や野焼き、たばこの吸い殻のポイ捨てなどが原因で、22日朝は市全域に林野火災注意報を発令しているとして、屋外での火気使用を極力控えるよう呼び掛けている。