土曜日, 7月 25, 2026
ホームつくば茨城6区は青山、国光両氏が届け出 衆院選公示

茨城6区は青山、国光両氏が届け出 衆院選公示

解散に伴う衆院選が19日公示された。小選挙区茨城6区はいずれも前職で2期目を目指す元県議の青山大人氏(42)=立憲=と、医師の国光文乃氏(42)=自民=が立候補を届け出て、12日間の選挙戦に突入した。投票は31日行われる。期日前投票は20日から30日まで実施される。

青山氏「与野党拮抗した緊張感ある政治を」

青山氏は午前11時、土浦市乙戸の街頭で第一声、下村寿郎土浦市議、皆川幸枝つくば市議、地元、乙戸地区の下村利充区長らが応援に駆け付けた。下村市議は「政党関係なしで応援している。土浦から国会議員が出た。今回は小選挙区で必ず当選させる」などと話した。

これを受けて青山氏は「昨年、新型コロナの感染が国内で広がり、一斉休校、アベノマスクなどがあった。常陸牛が余ってしまい自民党は和牛振興券を配ろうとまとまりかけた。当時、私は農林水産委員をしていて『子供たちの学校給食に提供してはどうか』と提案し、結果的に和牛振興券ではなく学校給食に提供することになった」と話し、「野党だと何もできないということはない。どういう気持ちで政治をやるかだ。地元の一人一人の意見が政治の原動力。地方に活力をもたらす政治が必要。消費税を上げようと言う声も起きているが、それは全く違う。必要なところに必要な対策を施し、無駄なものは省くのが政治の仕事」と述べた。その上で「前回は自民党に5000票差で負けた。与野党が拮抗した緊張感ある政治、信頼できる政治のために力を貸してください」などと訴えた。

この日は土浦市右籾、永国、下高津などを回り、市内6カ所で街頭演説した。

国光氏「コロナを終わらせ命と暮らし守る」

一方、国光氏は午前9時30分から、つくば市吉瀬の選挙事務所で出陣式。岡田広、上月良祐参院議員、6区の自民党県議とつくば、土浦市の市議らが勢ぞろいしたほか、公明党の田村けい子県議、地元の五十嵐立青つくば市長らが駆け付けた。岡田参院議員は「(6区は)県内で一番厳しい最重点区。選挙は声掛けしかない」、つくば市選出の鈴木将県議は「注目の激戦区。前回(得票数)の足し算、引き算に浮き足立つことなく、総力を結集して6区の議席を死守しよう」などと訴えた。

これを受けて国光氏は「政治を志した原点は医師の現場。コロナを終わらせ、皆さんの大事な命と暮らしを守る、それを私に任せていただきたい。現場主義が私のモットー。地域を回りたくさんの声をノートにずっと書いてきた。その思いが私の原点。あと少しでコロナ禍を終わらせる状況まできている。インフルエンザのタミフルのような経口薬まであと少し」と話し、「今回の選挙はひじょうに厳しい。野党連合の力を、歩いていても本当に感じる。とても厳しい選挙だが、私を皆さんのために働かせてください。必ずコロナを終わりにしてみせます」などと訴えた。

この日はほかに、つくばみらい市谷和原庁舎、土浦市民会館駐車場、かすみがうら市商工会駐車場、石岡後援会事務所の計5カ所で出発式を実施する。

青山大人 42 元県議 立憲 前①
【公約】①幅広い業種への助成金や生活支援金の拡充など新型コロナ対策と経済の両立②消費税減税?原発からのエネルギー政策転換
【略歴】土浦市出身、土浦一高、慶応大学経済学部卒。国会議員秘書。県議2期。2017年の衆院選は小選挙区で敗れたが比例復活当選。立憲民主党政務調査会会長補佐。

国光文乃 42 医師 自民 前①
【公約】①現役医師の知見を生かしたコロナ対策②国道6号バイパスの早期完成?TX延伸④農家所得の拡大
【略歴】山口県出身、長崎大学医学部卒。病院勤務を経て、厚労省保険局医療課課長補佐。2017年、丹羽雄哉元厚労相の後継者として初当選。自民党新型コロナ対策本部プロジェクトチームの事務局次長。

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

7 コメント

7 Comments
フィードバック
すべてのコメントを見る
スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最近のコメント

最新記事

素人の私が竹細工の指導員に《宍塚の里山》138

【コラム・松島忠久】神奈川県川崎市多摩区の生田緑地に、1967年に開園した野外博物館「川崎市立日本民家園」があります。私の母、祖母ともに農村出身で、家はもちろん古い農家作りでしたので、古民家を集めた民家園にはしょっちゅう出入りしていました。 1972年、近隣の古老が講師となり、民具作り講座(わら細工、機織り、竹細工)が民家園で開かれ、私はわら細工に参加しました。講座終了後、「これらの技術は今廃れているが、ある時期は多くの庶民がやっていた仕事だ。何とかこれを残そうではないか」ということになり、幾人かの同志が発起人となり、翌年「民具製作技術保存会(略称 民技会)」を立ち上げました。 初期の会員は30人ぐらい。ところが、多くの人がわら細工(一部は機織り希望)で、竹細工希望者はゼロということもあり、竹細工の講師(本職は籠屋さん)が寂しそうな顔をしていました。そこで私は「ここで竹細工を始めれば1対1で教われるぞ」と考え、竹細工を教わることにしました。 ここで言う竹細工とは竹トンボや竹馬作りではなく、本格的な籠(かご)や笊(ざる)編みです。先生が用意した材料で籠を編むのは簡単ですが、その材料を用意するのが大難関。籠屋に弟子入りして毎日練習をしても、自在に裂けるようになるまで3年かかるということでした。 でも竹細工グループは私1人。サボることはできず、家でも練習して、2年後には午前中に下準備「竹拵(そろ)え」が終わり、午後から「籠編み」をし、何とか1人で籠が作れるようになりました。さらに数年して、初心者が会員に教えるようになり、数年前まで続きました。 「民具の作り方」シリーズを出版 半世紀以上経った今、民技会の会員数は100人弱。うち竹細工グループは約40人と最大グループになり、多くの人が私よりうまく作れるようになっています。その間、各地の古老から聞き取りをし、「民具の作り方」シリーズとして50冊以上の本を出版し、今では民技会は全国の民具関係者に知られるようになりました。 1987年、勤務していた研究所のつくば移転に伴い、私はつくばに単身赴任しました。その後、「宍塚の自然と歴史の会」を知って入会しましたが、毎日曜日には指導のため、川崎に行かねばならなかったこともあり、宍塚の会の方は長い間、幽霊会員でした。 同会がある土浦市は霞ケ浦に面しており、実用品を作る籠屋さんが何人か健在だったので、定年後に教わろうと思いましたが、高齢などのため次々と廃業しました。私が定年を迎えた1995年には、教えられるのは私1人となり、あちこちの公民館から講師依頼が来るという異常事態となりました。 70歳代まではなんとか応じていましたが、手先の力が無くなり、80歳で竹細工をやめました。現在、近隣で竹細工を生業としている人は2人の女性のみとなっています。(宍塚の自然と歴史の会 会員)

黄色い花の絨毯 霧ケ峰・車山《鳥撮り三昧》15

【コラム・海老原信一】20数年前、長野県に住む娘の誘いで、母、妻、息子、娘、私の5人で霧ケ峰の車山を訪れた。そのとき、頂上のロープウエイ駅で下車したら、目の前に見たことのない黄色い花が広がっていた。背丈の低い草地の斜面を埋める「黄色い絨毯(じゅうたん)」だった。 圧倒されて見入っていると、絨毯の中に出ている岩の上で、軽やかにさえずる小鳥を発見。黄色い花はニッコウキスゲ(ゼンテイカ)、小鳥はビンズイと分かったが、まさか毎年、ここを訪れることになるとは…。 その後も黄色い花を思い描き、記憶だけを頼りに車を走らせた。ナビを持たないドライブで目的地に着いたときは、妙な達成感がある。そこには黄色い花畑が広がり、ビンズイだけでなく、カッコウ、オオジシギ、ホオアカ、ノビタキ、ウグイス、アオジ、コヨシキリなどが迎えてくれた。 グライダーの滑空場もあり、パイロットたちは鳥とは違う「飛ぶ楽しさ」も見せてくれた。彼らは一様に日焼けをしていて、「上空は日焼けしやすいんです」と、楽しそうだった シーズンを避け、のんびり鳥撮り 通い続けるうち、ある変化に気付いた。黄色い絨毯の広がりが狭くなっている。そのうち、草原に電気柵が据えられようになった。花が鹿の食害で減っており、柵は予防策ということ。ここでも生態系バランスが崩れている。でも、電気柵は冬期入り前に取り外され、黄色い絨毯は順調に復活しているようだ。 通い始めのころはそれほどでもなかった「鳥見・撮影」人が、花が減少し始めたころから目立つようになった。それがどうも気になった私は、黄色い花の季節を避けるようになっていた。花の季節は鳥たちの繁殖期と重なり、花を取り込んだ撮影は巣に出入りする鳥たちに圧力を掛ける。このことも撮影を避ける一因になった。 シーズンを避けると花は少なくなるが、人の数も少なくなり、のんびりと鳥を見て鳥たちの表情を楽しめるよさがある。そんなスタイルが私には合っているようで、飽きることなく鳥撮りが続いている。(写真家)

霞ケ浦が決勝進出、相手は常総学院【高校野球茨城’26】

第108回全国高校野球選手権茨城大会12日目の23日、ノーブルホームスタジアム水戸で準決勝2試合が行われた。第2試合では霞ケ浦が水戸商と対戦し、小林-稲山の継投により5-1で勝利。25日行われる決勝の組み合わせは常総学院-霞ケ浦に決まった。 23日 準決勝 ノーブルホームスタジアム水戸 第2試合水戸商 000000100 1霞ケ浦 00101003X 5 霞ケ浦は先発投手の小林将大が面目躍如、7回途中まで8奪三振1失点の好投で試合をつくった。「初戦と2戦目は緊張して腕が振れず、自分の本来の投球ではなかった。今日は覚悟が決まって緊張がほぐれ、初回をゼロで切り抜けてからは少しずつ自分の投球ができるようになった」との振り返り。メンタル面の変化の要因は「今まではピンチになったとき、自分のことばかり考えていたが、チームのためにベストを尽くそうと考えられるようになり、自然と緊張しなくなった」という。 この日の小林の投球は、最速135キロのストレートのキレが良く、「球威があるから少し甘くなっても大丈夫」との監督のアドバイスにも背中を押され、スライダーやカーブで追い込んでストレートで空振り三振を奪っていった。 打線の援護もあった。3回には先頭の8番・渡邉航太が敵失で出塁、9番・相田歩希の犠打と1番・加藤龍の中前打で1点を先制。「先輩がつないでくれて、チャンスで1本打てて非常にうれしい。カーブが多い投手なのでそれを狙いつつ、まっすぐにも反応しようという構え。二遊間が空いていたのでカーブを引き付けて中堅を狙った」と加藤。5回には渡邉の中前打と相田の内野安打などで2死二塁とし、2番・村上聖の左前打で1点を加えた。 小林は6回無死三塁からのピンチも無失点で切り抜け、7回に暴投と2安打で1点を失ったところで交代。「小林は良かった。いいリズムで強い球を投げてくれた。あとは打線がもう少し早くセーフティリードをつくれていれば」と高橋祐二監督。マウンドを引き継いだのは稲山幸汰。抜群の安定感で、残りイニングを1安打4三振で締めくくった。 待望の追加点は8回。まず村上の中前打、4番・西野結太の左前打、暴投で1点を追加。続いて5番・佐藤大亜の四球、6番代打・野口空真の右前打で1点。7番・菊地勇一の四球と渡邉の中犠飛でもう1点を追加した。 これで霞ケ浦は2024年以来2年ぶりの夏の決勝進出となる。「決勝で常総学院と対戦するのは今回で3回目。過去2回はいずれもサヨナラ負けなので、3度目の正直にしたい」と高橋監督。村上主将は「下級生がつないでくれたおかげ。また、ここまでは投手陣が頑張ってきたので、次は野手が頑張って点を取り、先輩たちの成績を上回りたい」と意気込む。決勝戦は25日午前10時から、ノーブルホームスタジアム水戸で開催される。(池田充雄)

常総学院、延長逆転サヨナラで決勝進出【高校野球茨城’26】

第108回全国高校野球選手権茨城大会は12日目の23日、ノーブルホームスタジアム水戸で準決勝2試合が行われ、常総学院は昨年の覇者、明秀日立と対戦し、延長10回タイブレークの末、9ー8の逆転サヨナラ勝ちで2021年以来、5年振りの決勝進出を決めた。明秀日立は準々決勝で優勝候補土浦日大を破り、勢いに乗っていたが敗れた。 23日 準決勝 ノーブルホームスタジアム水戸 第1試合明秀日立 2100010004 8常総学院 3000000105× 9 常総学院は初回、先発投手の七村佑聖が、2死後3連打を浴び、2点を先制される。「それは想定内」と、その裏、明秀日立先発のエース徐上力から、先頭の水口煌太朗がレフト前ヒットで出塁。「絶対に塁に出る気持ちでファーストストライクを打ち、しっかりいいスイングが出来た」と水口。続く荒沼暖人のバントで、水口が二塁に進むと、吉澤颯大の内野安打と、明秀日立サードの坂上大地の失策で水口が生還。さらに幸田元希と高瀬啓睦のタイムリーで初回に逆転した。しかし七村は2回、2死3塁で明秀日立の脇山琉維にタイムリーを打たれて同点とされる。 常総学院は3回からマウンドに上がった2番手高橋幸聖が、5回に1死二、三塁のビンチを招くが、明秀日立の白旗桜芽をセカンド併殺打に仕留め、ピンチを切り抜ける。しかし高橋は6回、1死3塁で宮楠到弥にスクイズを決められ勝ち越される。 常総学院は、初回途中からマウンドに上がった明秀日立の2番手でアンダースローの山田悠月を打ちあぐねていた。が、1点を追う8回。ヒットで出塁した荒沼を二塁に置いて、幸田のタイムリーツーベースで試合を振り出しに戻すと、4ー4の同点で試合は延長タイブレークに突入した。 常総学院は10回表、水口の失策で勝ち越され、さらに明秀日立、田淵侑真のタイムリーと白竹浬久虎の犠牲フライで4失点とピンチに立たされる。 島田直也監督はベンチに帰ってきた選手たちに「相手ができるならこっちも出来る。しっかりつないでいこう」とナインに声を掛けた。するとその裏、荒沼と吉澤のタイムリーで1点差に迫ると、1死一塁で宮原悠守が「絶対に打つ気持ちで打席に入った」とストレートを3塁線にタイムリーツーベースで同点に追いつく。 さらに明秀日立のワイルドピッチと四球で満塁とし、最後は佐藤泉里が「いい当たりではなかったが何とか落ちてくれて良かった」と、レフト前に執念のサヨナラタイムリーを放ち、延長までもつれ混んだ接戦に終止符を打った。佐藤は「監督から『気持ちだ』と言われ、自分が決めるつもりで打席に入った」と振り返り、「決勝まで来たら実力の差はないと思うので、最後はチーム一丸となって気持ちで戦って必ず優勝します」と力強く宣言した。 水口煌太朗主将は「最後はチーム一願となり、応援してくれた人たちのお陰で勝ちにもっていくことができ、チームが成長できた。自分は延長でミスをしてしまったが、声を出して、つないで、つないで、諦めない気持ちが強かったし、スタンドからの声援が力になった。決勝戦も最後は全員が一つになって勝ちきりたい」と意気込んだ。 島田直也監督は「延長に入って4点取られ、(選手たちは)笑顔でベンチに帰って来たけど、プレッシャーは相当あった。それでもこういう試合が出来るのだから、次もやることをやれば勝てる。一戦一戦、力が付いてきている。守備もいいプレーがあったし、このまま守備でリズムをつくって攻撃につなげるのがうちの野球なので、決勝戦でもそれをやりたい」と話した。2016年以来10年振りの夏の頂点まであと1勝。常総学院ナインが全員野球で一願となり悲願の甲子園出場を目指す。(高橋浩一)