水曜日, 7月 29, 2026
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「大事ノート」「家族年表」 《ハチドリ暮らし》4

【コラム・山口京子】日々の暮らしに追われて、生活を時間軸で意識することはあまりない。でも、日々の暮らしの積み重ねが人生をつくるのだと思う。ファイナンシャルプランナーの勉強を始めたころ、「大事ノート」と記した1冊のノートをつくった。そのインデックスの最初に「家族年表」をつけた。結婚してからの家族の年齢や出来事を毎年書き出した。

一般的に生活設計で使うライフイベント表は、将来の出来事を書き込むものだが、この家族年表は確定した出来事を書く。結婚して2人暮らしになり、子どもが生まれて3人暮らし、4人暮らしと続く。子どもたちが大学に入り家を出て3人暮らし、2人暮らしと家族は小さくなっていった歳月。住宅ローン返済に苦労したこと、大学授業料や仕送りに頭を悩ませた時期があったことを、ノートは教えてくれる。

インデックスは、「収入」「支出」「資産一覧」「住宅費」「子ども費」「保険証券」「交際費」と続く。40年にわたる推移と現在の内容が確認できる。今だったらパソコンで打つのだろうが、今もノートに書き足している。

そして、別のノートには、家族が生まれた年にどんな出来事があったのかを書き出してきた。祖父母が生まれた年、1900年前後に何があったのか。父母が生まれた1933年は、世界中(と言ってもヨーロッパやアメリカが中心だったと思う)がきな臭い時代。ドイツでヒトラーが政権を握った年。日本では「蟹工船」で有名な小林多喜二が虐殺された年。日本の農村はとっても貧しかったという。

孫1歳の2020年にコロナ禍

1950年代は、サンフランシスコ平和条約と日米安全保障条約が交わされ、現在にもつながる問題を提起している。経済白書は「もはや戦後ではない」と宣言。1958年には、東京タワーが竣工し、東京の観光名物となった。60年代には、東京オリンピック開催され、都会に高層ビルが建ち、景観が変わっていく。経済成長が目覚ましかった。「山高ければ谷深し」。1960年代から2020年代までの60年の変化は、どんな風に説明されるのだろう。

子どもが生まれた1986年は、男女雇用機会均等法、労働者派遣法の施行、旧ソ連でチェルノブイリ原発事故が起きた年。男女雇用機会均等法も労働者派遣法も改正が重ねられ、今に至っている。2011年3月11日、東日本大震災と福島原発事故。孫が1歳になった2020年、コロナ禍で変わっていく社会。

個人の生活を考えるにあたっても、社会、経済、政治の動きは要注意だ。この事態に政府はどんな政策で対応しようとするのだろうか。コロナばかりが目立つが、国会ではどんな法律が通過しているのか。先が見通せない時代。夕方、少し涼しくなる時間を見計らって、インゲンの種を取る。(消費生活アドバイザー)

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世代をつなぐコミュニケーションの本質《安全の窓》2

【コラム・佐々木哲美】近年、多くの企業でコミュニケーション研修や外部講師による教育が盛んになっています。年配者にコーチングを学ばせ、マンツーマンで若手を育てようとする試みもあります。背景には、後継者育成や技術継承が進まず、「社内では教えにくい」「外部に頼りたい」という空気があります。しかし現場では、若い人に話しても反応が薄く、思いが届かないという声が絶えません。本来コミュニケーションは双方でつくるものですが、これら研修では「教える側が変わりなさい」と語られることが多く、違和感を覚えます。 世代間ギャップを生んだ時代の変化 昭和の現場では上下関係が明確で、経験者の言葉は自然と重みを持っていました。しかし1990年代以降、成果主義やIT化が進み、年齢と権威は結びつかなくなりました。2000年代には若者の情報量が逆転し、2010年代にはパワハラ概念が広がり、強く言うことがリスクとなりました。こうした変化が、「教える側だけが変わるべき」という偏った風潮を生んだのです。 一方、若者は危険体験が乏しく、長い説明を処理する力が育ちにくい環境で育っています。スマホ文化で短い情報に慣れ、SNSでは沈黙が安全。正解を当てる教育で育ち、自分の意見を持つ訓練も十分ではありません。つまり、若者が「聞かない」のではなく、「聞きづらい時代」なのです。このギャップは安全にも直結し、危険の重みを知らない若者と、伝わらない疲れを抱える年長者の組み合わせです。 年長者も若者も心に痛みを抱える 年長者が若者と関わりたくない背景には、伝わらない疲れ、反論への不安、パワハラへの恐れ、価値観の違い、自分の衰えを見せたくない気持ちがあります。若者の沈黙に、「自分の役割は終わったのでは」という喪失感を生むことさえあります。 元巨人軍監督の家庭内トラブルで、娘が大人に相談できずAIに頼った事例は、若者が身近な大人に悩みを打ち明けにくい社会の象徴です。さらに、関係機関が“機械的に判断”したことで、当事者の心情が置き去りになりました。職場でも同じ構造が起きており、双方が孤立すれば、安全文化は崩れてしまいます。 歩み寄り型コミュニケーション 解決の鍵は、どちらか一方が変わることではありません。教える側は短く具体的に伝え、否定せず補いながら若者に合わせて工夫し、教わる側は主体的に学び質問し、失敗を共有し経験を尊重して自分の言葉で考えることです。双方が歩み寄ることで、安全につながる学び合いが生まれます。年長者の経験は若者にとって“安全を守る宝”です。その宝を受け取りやすい形にして渡すことが技術継承の第一歩です。 外部講師の活用も手段の一つですが、最終的に現場を守るのは、現場で働く人同士の信頼と歩み寄りです。互いを尊重する姿勢こそ、安全文化を次の世代へつなぐ力になるのです。(労働安全コンサルタント)

合併ムーブの仕掛け人 前かすみがうら市長・宮嶋謙さん【キーパーソン】

かすみがうら市長と同議会議長が、土浦市長と同議会議長に合併協議と検討の場を設けるよう求める要請書と要望書を提出(6月17日付)してから1カ月半。両市合併に向け全市議を「合併賛成」にリードした前市長の宮嶋謙さんに、任期最終日の22日夕、土浦との合併が必要と強く思うようになった理由を聞いた。合併話よりも驚いたのは、自分が中心になって政治団体を立ち上げ、2年後の参院選に全国区候補を立てるという政治構想だった。 市の人口構成はコマのような形 今後の政治活動の話にインタビュー時間を割いたこともあり、合併話に当てる時間は予定の半分ぐらいになった。 「かすみがうら市の人口構成は、団塊の世代(1947~1949年生まれ)の膨らみが大きいので全体がコマのような形になっている。若い層の割合がこれから減っていく構成であり、将来のことを考えると、財政的にもこの市は持ちますか?ということ。土浦市も基本的に同じ形だから安心してはいられない。合併して魅力的な市になれば若い層が集まるようになり、新市のポテンシャルは両市の『合計』以上のものになる」 「合併のメリットは事務効率化などによる経費減らしだけでない。土浦市は土地開発をしたくてもその余地が少ない。逆にかすみがうら市にはたくさんある。かすみがうらは農産物の大生産地であり、土浦はそれらの大消費地。両市には補完性があり、合併すれば広域での地産地消も実現する」 県南に永続的な自立都市が必要 合併の利点は両市が抱える問題の解決だけでなく、県や国が抱える問題の解決にもつながると言う。政治団体の立ち上げが頭にあったのか、こちらの方にも力が入った。 「東京首都圏との近さ、TX延伸効果などを考えれば、県南のポテンシャルはとても高い。このエリアに人口50万以上の行政体をつくり、『エンジン』として機能させれば、県南への投資を内外から呼び込める。そうして経済の好循環が生まれれば、県南エリアが県全体をけん引できるようになる」 「東京に人口が集中しているのは若い層が地方の将来に不安を感じているからだ。安心して住めるまちを地方につくれば、東京一極集中で生じる問題も解決できる。県南はその最適地であり、県南に永続的な自立都市を実現させることが望ましい。標語風に問えば、『人が逃げるまち』か『人が集まるまち』かだが、後者のために全精力を傾けたい」 次の参院選で全国区候補を擁立 市長退任と同時に立ち上げた政治団体について聞いたところ、名称は「自由と調和」、政治的な立ち位置は「保守とリベラルの真ん中」と言う。近くつくば市竹園に事務所を設け、8月中旬に水戸市内で記者会見を開く。 「自民は2月の衆院選で票を稼いで暴走。野党勢はバラバラあるいは消滅。既存政党には頼れないので新しく立ち上げる。政策としては、憲法9条に自衛隊の存在を明記、株式配当や売却益課税は一律20%でなく累進制を導入、消費税のうち食料品は恒久無税に―などを掲げる」 「今秋の茨城県議選や来春の統一地方選では、我々の候補を立てるか他の候補を推薦する。次の参院選を最初の国政ターゲットに設定し、全国比例で1議席=100万票を取りたい。実現すれば『自由と調和』は国政政党に変身する」 【みやじま・けん】1984年、明治学院大中退、印刷関連会社に就職。その後、出版社などに勤務、フリー編集者としても活動。宮嶋みどりさんと結婚し宮嶋姓に。2010年、かすみがうら市長選で義父の光昭氏が当選。自らは同市議を2期務めたあと、22年の市長選で当選。26年7月、任期満了により退任。埼玉県浦和市(現さいたま市)生まれ、62歳。かすみがうら市在住。 【インタビュー後記】無投票で宮嶋後継市長になった金子敏明さんは、合併は選択肢の一つとしながらも、これまでの経緯などを精査したいと、合併への熱量は宮嶋さんよりも低い。合併による財政負担を懸念してか、土浦市長の安藤真理子さんも慎重なスタンス。ただ、自市の生き残りを考えれば、金子さんは「最期の市長」として名を残した方がよい。また、県南大都市形成を見据え、「つくば市との交渉力」を確保するため、安藤さんには賢い戦略(合併による人口拡大)が求められる。(経済ジャーナリスト、坂本栄)

東京一極集中と県内市合併の動き《水戸っぽの眼》15

【コラム・沼田誠】先日、友人から誘われ、ある勉強会に足を運んだ。テーマは「地方創生と一極集中の諸問題」、講師は明治大学の田中秀明教授だった。講演の前半では、地方創生で掲げられた「東京圏への人口流入抑制」が達成できていないことを検証、後半は足元の制度に矛先が向けられた。 地方交付税や補助金の多くは、いまだに人口増を前提とした量的拡大モデルのままで、施設整備でも国が事業費の半分以上を肩代わりする仕組みが残っている。例えば、水戸市の新市民会館は、合併特例債などの活用により、市の実質負担は92億円。事業費192億円に対する負担割合は約48%に留まっている。 田中教授は、これが単なる財政の問題ではなく、補助金や規制を通じて国(総務省)が地方をコントロールし、地方が財政的に国に依存し続ける構造でもあると指摘。だから、抜本改革は進みにくいと見立てた。この講演を聞きながら、私は6月に県内で相次いだ2つの市町村合併のニュースを思い出していた。 平均よりも低い財政力指数 一つは坂東市。坂東市議会は6月11日、常総市との合併に向けた決議を可決した。坂東市は、平成の大合併で境町が住民投票の末に協議離脱するという経緯を経て、岩井市と猿島町が合併してできた自治体だ。今も同じ県議選挙区(坂東市、五霞町、境町)にあるが、あえて選挙区が異なる、しかし市民の通勤先の29%を占める常総市に合併を申し入れている。 もう一つはかすみがうら市。同市議会も、土浦市との合併協議を求める要望書を可決し、6月17日に提出した。平成の大合併では、当初、土浦市、霞ケ浦町、千代田町、新治村の4自治体で合併協議会が立ち上げられたが、新設・編入を巡って対立し解散。2005年に霞ケ浦町と千代田町が合併して、かすみがうら市が誕生した。今回は、過去に決裂した土浦市に合併を申し入れているわけだ。両市に共通するのは、財政力指数(基準財政収入額を基準財政需要額で割った数値、2025年度)が県内市平均(0.681)を下回っていることだ(坂東市0.668、かすみがうら市0.571)。 つまり、坂東市、かすみがうら市の動きは、財政を身の丈に合わせるための「自衛」だとも言えるだろう。先の田中教授は、多くの自治体が交付税・補助金への依存によって財政的に自立できていないことが、地方創生が掲げた「東京一極集中の受け皿」に十分なり切れていない一因だと指摘していた。 かすみがうら市の宮嶋謙市長が合併要望の中で「東京の人口一極集中是正のためにも、県南は大きな受け皿になれる」と語ったのは、まさにこの「受け皿」たろうとする表明と読める。ただし、財政力指数0.571という単独の体力で行くには心もとない。だからこそ合併という手段で、その「受け皿」としての規模を確保しようとしているのだろう。 いかに「身の丈」を見極めるか 10年前、つくば市民は、総合運動公園の整備計画に、住民投票で8割の反対票を突きつけた側の経験を持つ。あの用地はいま、データセンターなどに姿を変えつつあるが、排熱が住環境に悪影響を与えることを知り、地元では危惧の声が上がっている。「賢く縮む」も「拡大しすぎない」も、言うほど簡単ではない。「『身の丈』をどう見極めるか」という問いに、私たちはまだ完全には答えられていない。 かつて総合運動公園として計画され、2015年の住民投票で白紙撤回された同用地は、2022年に外資系物流不動産会社に110億円で一括売却され、今はデータセンターなどの建設が進んでいる。取得費68億円を回収した後に残る売却益42億円は、買戻特約の期限が来る2032年まで、公社の定期預金で留保され、市の予算には組み入れられない。(元水戸市みとの魅力発信課長)

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【コラム・瀬尾梨絵】ギラギラと照りつける太陽、渋谷の交差点を埋め尽くす人々、どこまでも突き抜けるような青空。今回は、そんな夏の情景を思い浮かべる時に無性に読み返したくなる作品、藤井みほな先生による「GALS!」(集英社、初版1999年出版、10巻完結)をご紹介したい。初版が出版されたあの頃といえば、ミレニアムの足音が聞こえる、まさに夏のような熱気を持った、誰もが無敵の時代。平成初期に子ども時代を過ごした世代にとって、本作は、単なるマンガという枠組みを超えた憧れの集合体だった。 この作品の主人公、寿蘭(ことぶき らん)は、私たちの記憶の中に鮮烈に焼き付いている。渋谷を愛し、愛された最強のギャル。彼女の魅力は、何といっても「自分という存在を誰よりも信じている」その強さにある。正義感が強く、曲がったことが大嫌いで、自分の信念に従って迷いなく生きるその姿は周囲を巻き込み、時にはトラブルすらも爽快に解決していくパワーに満ちていた。 そして今、2026年という時代に、あえてこの作品を手に取ってほしい。ガングロ、ルーズソックス、派手なヘアスタイル。当時は今よりもずっとエネルギッシュな独自のストリートカルチャーがあふれており、それらは単なる流行ではなく、自分たちのアイデンティティを主張するための武器でもあった。蘭たちが闊歩(かっぽ)するセンター街の描写を見ていると、当時の騒がしい雑踏や肌を焼く夏の太陽、そして何者かになれると信じて疑わなかったあの頃特有の高揚感がよみがえってくる。 世界では1990年代後半から2000年代初頭のカルチャーである「Y2K」リバイバルがトレンドの中心となり、あの時代をリアルタイムで知らない若い世代も、当時のエッジの効いたファッションに新たな価値を見出している。しかし、本作の神髄は外見だけではない。ギャルたちが私たちに教えてくれるのは、単なる流行の形ではなく、自分らしくあること、そして何より仲間と笑い合うことの尊さという時代を超えたマインドだ。 友情、家族、進路、恋 大人になると、どうしても社会のルールや周囲の視線を気にしすぎてしまうことがあるが、そんな時、蘭の「私の生き方は、私が決める」という潔いメッセージは、現代を生きる私たちの心に驚くほどまっすぐに突き刺さる。友情、家族、進路、そして恋。 蘭たちがぶつかる壁は、実は今の私たちにとっても普遍的な悩みの形をしており、だからこそ今読み返しても全く色あせず、むしろあの頃よりも深く心に響く言葉に出会うことができる。何度読み返しても、読み終えた時に感じる、あの突き抜けるような爽快感。それは、蘭たちが悩みながらも常に前を向き、友情を信じ、自分の足で人生を切り開いていく強さから来ている。 ぜひ夏の暑さを吹き飛ばし、明日へのエネルギーをチャージしてくれる極上の読後感を味わって欲しい。この作品を読んでいたかつての子どもたちも、そして初めて読む世代にも、現代に通じる「最高にアツい生き方」を感じられるはずだ。(牛肉惣菜店主)