日曜日, 1月 11, 2026
ホームスポーツ「気持ち負けなければ結果付いてくる」常総学院 島田監督【高校野球'21】

「気持ち負けなければ結果付いてくる」常総学院 島田監督【高校野球’21】

第103回全国高校野球選手権茨城大会が8日開幕する(6月23日付)。有力校はどのように夏を迎えるのか、監督に話を聞いた。第1回は茨城が誇る名門・常総学院の島田直也監督(51)だ。

常総学院は昨年夏の独自大会以降、投手コーチであった元プロ野球選手の島田氏が監督に就任し、秋季県大会で準優勝した。秋季関東大会では破竹の勢いで勝ち上がり、準優勝の末、6年ぶりに春のセンバツ出場権を獲得した。センバツでは6年ぶりの勝利を挙げ、島田監督にとっても甲子園初采配初勝利の記念すべき試合となった。センバツ以降、チームとしていかに過ごしてきたか。大会前の意気込みなども存分に語ってもらった。

チャレンジャーのつもりでやる

—常総学院の組み合わせゾーンには県南地区の強豪校である霞ケ浦や土浦日大が入り激戦ゾーンといわれています。組み合わせをみて島田監督の所感をお聞かせください。

島田 相手はどこでも一緒だと思っているので、ただ自分たちの力を出せば頂点までいけるんじゃないかとは思っています。厳しいゾーンではありますが、うちは1試合1試合チャレンジャーのつもりでやるだけです。

ーセンバツのお話をお聞きしたいと思います。センバツは1回戦のタイブレークを制して敦賀気比に勝ち6年振りの甲子園勝利ということで、県内の高校野球ファンに大変明るいニュースを届けていただきました。島田監督にとっても甲子園初采配初勝利ということで、記念の試合になったと思います。次戦では中京大中京の好投手・畔柳亨丞投手を打ち崩すことができませんでした。センバツの総括をお聞かせください。

島田 僕も夏に監督に就任し、当然、高校野球の指導は初めてでしたし、僕の今まで経験したことを選手たちに伝えられたら良いなという思いでまずやっていて、その先に甲子園というものがあったので、そこを目指すためにはこういうことが必要だよと思いながら指導してきました。とりあえず甲子園に行けたことについてはホッとしたというか、良かったなというのが前提です。そこで、今度は全国に行って勝たなくちゃいけないということで冬の間に練習をしました。センバツでは1回戦でタイブレークで苦しみながらもチーム全員で勝って勢いに乗るかなと思ったんですが、2回戦は全国でも屈指のピッチャーに当たってしまうと、まだそこまでのレベルには達していなかったなというのが印象ですね。

ー畔柳投手についてはどのような印象を受けましたか。

島田 やっぱりマシンで150キロ近くのボールは打てるのですけれど、人間の動作が入ってタイミングを合わせてとなると難しいですね。本当に選手たちも初めて全国でも屈指のピッチャーや打線と対戦できたので、良い経験ができたんじゃないかなと思いますけれども、あのようなすごいボールを投げるピッチャーは関東にはいないので、なかなか対応できなかったというのが印象ですかね。

ー畔柳投手のボールを経験したことで、春の関東大会では怖い相手はいなかったのではないかなと思うのですが、春の関東大会ベスト4という結果についてはいかがお考えでしょうか。

島田 優勝を狙っていたので、準決勝で関東一高に負けてしまって当然悔しい思いもありました。それでもやっぱり当たり前のことができなくてミスで負けたのでね。そういう当たり前のことができないと夏は足をすくわれるよということは選手たちには言いながら今まで取り組んできてはいたのですが、センバツ以降、春の関東大会まではあっという間で、なかなか当たり前のプレーの確認ができなかったことが影響していますね。

春の大会からエースナンバーを背負う大川=ノーブルホームスタジアム水戸

大川と秋本のWエースに

ーピッチャーのことについて伺います。大川慈英投手はセンバツ後に春季県大会で背番号1のエースとして関東大会をたぐり寄せる大活躍を見せたと思います。大川投手について、これからどのような投手に育って欲しいですとか、今後に寄せる期待値などを教えていただければと思います。

島田 秋本璃空の調子が悪かったということがあって、大川を1番にしたんですね。大川はポテンシャルが高いと思うのですが、自分の良い球をまだただ投げているだけで、上手く場面に応じて使うことが出来ていない状態ではないかなと思います。そこがしっかりと出来るようになったら秋本と一緒くらいに嫌なピッチャーになると思うんですけど。僕から言わせたら、まだ、ただ投げているだけという印象ですね。

ー秋本君は関東大会でベンチ入りしませんでした。現在どういう状態でしょうか。

島田 調子が悪かったので関東大会は無理をしませんでした。夏には間に合うと思います。エースナンバーは競争の末にまだどちらになるか分からないですね(6月29日のインタビュー時点)。

Wエースの一角を担う秋本。春の関東大会は不調でベンチを外れた=J:COMスタジアム土浦

ー春の関東大会では3年生の時岡秀輔投手が好投しましたし、1年生の中林永遠投手が県大会で公式戦デビューを果たすなど投手陣の明るい材料がありました。大川君、秋本君以外に、島田監督が期待する現時点の3枚目、4枚目のピッチャーを教えてください。

島田 難しいなあ。正直現状ではいません。時岡とか中林、2年生の石川大翔もそうですけど、経験させながら自信を付けさせようと思っているのですが、まだあの2人の次に任せられるかというとまだまだそこまで行っていないですね。ただ、大川、秋本の2人だけでは絶対に夏は勝てないと思っていますし、当然、先ほど名前が挙がってきたピッチャーには頑張って欲しいなという気持ちはありますね。

ー序盤戦では2枚のエースは温存しておきたいというお気持ちはありますか。

島田 球数制限とかそういうのはあるので、登板の間隔なんかを考えなければならないとは思うんですけど、彼らにとって高校野球の最後の大会です。1試合でも落とすわけにはいかないですよね。ですので、1試合1試合ベストのメンバーでいくしかないのではないかと思います。

春の明秀学園日立戦から4番に座る主将の田邊=ノーブルホーム水戸

夏も4番は田邊

ー田邊広大捕手は4番も板に付いてきたと思いますが、夏も4番は田邊君でいくというお考えでしょうか。

島田 打順はどうなんですかね。田邊は責任感があるので頼りになりますし、春の良い流れをそのままにしたいという思いもありますね。たぶんそうなるとは思います。

ーそのほかに三輪拓未選手や宮原一騎選手、鳥山穣太郎選手、伊藤琢磨選手など3年生の調子の良い打者を試合ごとに見極めて上位を任せているように思いますが、この辺は不動のメンバーでしょうか。

島田 3年生だけに任せるということはないですね。2年生の力も当然必要になってきます。ある意味、鳥山も宮原ももう少し頑張ってもらわないとどうかなという、下からの突き上げはきています。センバツに出たからといってレギュラー確約という訳ではないので、そういう意味ではチーム力自体は上がっているのかなと思います。最後の最後まで競争をさせますね。

ー1年生の夏のスタメン起用もありますか。

島田 それはちょっと。若い力も必要ですけども。春は当然経験を積ませたいということもありますが、夏はレベルが見合っていれば当然ベンチに入ると思います。現時点では3年生に比べれば弱いという部分がありますのでね。経験を積ませるためにベンチ入りさせるほどの余裕がないので、どうなるかなという感じですね。

ー秋本投手はバッティングセンスも大変素晴らしいものを持っていると思います。もし投げない時でも代打での起用はありますか。

島田 十分あるんじゃないですか。

春の県大会、東洋大牛久に勝利し自軍スタンドにあいさつする島田監督=ノーブルホーム水戸

母校のため、使命感が勝った

ー続きまして、島田監督のことを伺いたいと思います。去年、コーチになられたときの経緯を教えていただけないでしょうか。

島田 学校から連絡がありまして、ニュアンス的には常総を助けてくれないかという感じで話が来たんですけども、やはり僕はNPB(日本野球機構)の方で仕事をしたいという思いがあったので最初は断っていたんです。ただ、熱意というか、お話させてもらっているうちに、僕もこうやって野球界に携われているのも常総学院のおかげだし、自分の力で何とかできるのであればそれも恩返しになるのかなと思いまして決意しました。一度アマチュアに来てしまえばもうプロには帰れないので、決断するに当たって相当に迷いました。でももう50歳も過ぎていましたし、なんと言うんですかね、まあこういう、誘ってもらっている時に行かなくちゃダメなんじゃないかなっていう使命感が勝ってNPBの方は諦めたという思いで、母校のために頑張ろうという気持ちで引き受けました。

ー恩師の木内幸男監督(故人)には報告されたのでしょうか。

島田 常総にお世話になる去年3月のタイミングで一回あいさつに行って、秋の関東大会が終わった後にあいさつに行きましたので、しっかりとお話は出来ています。

ーセンバツでは6年ぶりの1勝を挙げるなど、常総ファンのみならず茨城県の高校野球ファンも県勢の久しぶりの勝利に酔いしれました。昨夏の監督就任からこれまでのことを振り返って、感想をいただけたらと思います。

島田 周りが実際にどう思っているかは分からないですけど、僕自身は本当に監督就任によって勝って当然だって思われているんだろうなとは感じていましたし、結果を残すことについてずっとプレッシャーを感じていました。僕もプロ野球界の中でやってきたので、プレッシャーには強い方かなとは思ったんですけどね。でも高校生はトーナメントなので、1回でも負けたら終わりですからそういう難しさというか、トーナメントの戦いというのもまだまだこれからも勉強すべきことだと思います。いろんなプレッシャーは本当にありましたよ。ただ、結果が少しずつ付いてきていたので、それは良いことなんでしょうけどね。余りにも順調に行き過ぎて何か怖い部分もありますよね。チームを勝たせることももちろん大事なんですけど、本当に当たり前の話で、あいさつとか整理整頓とか、それが出来ればプレーにも反映されると思っているので、そこはずっとうるさく言っていたかな。

センター前に強く低い打球を打て

ー選手とのコミュニケーションなんかで苦労されたことはないですか。

島田 なかなか僕も人見知りのところがあるので、極力選手と話そうとは思ってるんですけど、なんせ部員が100人近くいると一人一人と話すのは難しいところです。極力コミュニケーションを取ろうとは思っていますけれど、選手たちは物足りないと思ってるんじゃないですかね。

ーこのチームはバッティングがすごく良いなという印象があるのですが、バッティングは監督ご自身も経験から勉強されながら指導されているのでしょうか。

島田 全然指導してないですよ。バッティングは水ものだと思っているので。それよりは小技とか当たり前のことの方が大事かなと思っていますので、それを練習するようにしています。練習してはいますが、まだまだ出来ていないですね。後は、強く振るのも結構なのですが、形を意識して軸を意識した自分のスイングをしてくれと。センター前に強く低い打球を打てということを常日頃から言って意識させています。

悔しくてしょうがない

ー今年のチームカラーを監督の目線で解説願います。

島田 どうなんでしょう。僕もまだ分かってないというか、ああいう若い子たちをどうやったら上手く波に乗らせることが出来るのかなと、そういうことしか考えていなくて、ただその中でも厳しさも教えなくてはいけないと思っているんですよね。監督就任当時はそんなに口うるさく言っていなかったんです。ですが、センバツでのあの手も足も出なかった惨めな試合をして帰って来てですね。僕は本当に3月27日というのは悔しくて悔しくてしょうがないんですが、なんか子どもたちは悔しさも何もなくて甲子園に行ったことに満足しているように感じたんですね。ちょっとそれは違うなと思って、甲子園から帰ってからは逆に今度は口うるさく言ってきているんです。でもちょっとその状況もここに来て慣れて来てしまっているのかなという感じで、難しいなと。どうやって指導していくのが良いのかなというのはまだまだ僕も勉強中ですね。

ー就任当時は探り探りだったが今は大きな声で指示をしていると。

島田 就任していきなりは無理でした。最初は子どもたちがどういう野球をやるのかなと思ってあえて何も言いませんでしたが、やはり課題が出てからはこういうことをやっていこうということで、それが上手くいって関東大会まで行ってあのような成績になったのだと思いますね。今は甲子園に行って帰ってきてから僕と同じレベルで悔しいと思ってくれているだろうと思っていたら、違う方向に行ってしまっていたので、ちょっと待てよと。センバツから帰ってからレポートを出させたのですが、「悔しいです」とか、「一球に対する執着心がなかったです」とかいうことを書いているのですけれど、何か練習からはそういう風には見えないので、そこが転機となって結構今は口うるさく言うようになりましたね。甲子園の借りは甲子園で返すしかないと思っているのですが、なかなかそういう感じには見えないなというのが甲子園から帰ってきてからの印象ですね。

ーそれが4月だったり5月だったりという段階で、今6月を終える段階で上り調子にはなってきているのでしょうか。

島田 いや、なっていないと思いますよ。秋にギラギラしていたものが今は見えないですね。あくまで僕がそう感じているだけですよ。

ー最後に、夏の大会に向けた意気込みをお願いします。

島田 本当に3年生にとって最後の試合ですし、春のセンバツも良いところですけど、それ以上に夏の甲子園というのは良いところですので、最後はみんなで笑って終わるためにも絶対甲子園に行かなくちゃいけないなという気持ちは、もしかしたら選手以上に思っているかもしれません。当然、他校はみんな打倒常総で来ると思うので、気持ちだけは負けないように、自分たちの野球さえできれば勝てると思うので。それができなければ結局勝負ごとなので負ける可能性もありますけれど、とにかく2時間と少しの試合時間を集中して、最後まで全力プレーでできたら自然と良い結果が付いてくると思っています。(聞き手・伊達康)

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最近のコメント

最新記事

「ロビンソン酒場漂流記」で考える学校の魅力《竹林亭日乗》36

【コラム・片岡英明】茨城県教育委員会は2025年7月、高校審議会に対し、中学卒業者数減が大きな課題として、27年以降の「人口減少をはじめとする様々な社会変化に対応した活力と魅力のある学校・学科の在り方について」を諮問した。この内容は18年の高校審と同じで、県が生徒減に伴う県立高の魅力を継続的なテーマにしていることが分かる。今回、私もこの課題を耕してみたい。 この諮問に対する答申案は25年12月の総会で了承されたが、残念ながら、構えは広いが議論が狭く、つくばエリアなど生徒が増えているエリアには目が向けられていない。答申では「活力と魅力ある学校・学科」という大項目に全16ページの3分の2が充てられ、それを3項目構成で記述している。 1項目「高等学校の適正配置・適正規模」、2項目「魅力ある学校・学科の在り方」は前回と同じ構成だったが、前回は「その他」だった3番目を「選ばれる県立高校であるための魅力訴求」とし、「県立高の広報充実と校名・学科名変更の検討」を提案した。 実際の高校受験はどうなのか? 県全体では定員と受験者数はほぼ見合う中、通学上の問題もあり、受験者の偏在と地元からの入学減によってかなりの高校で定員割れが起きている。これに対し、2つの対策で十分だろうか? 確かに、広報や校名の視点も必要だが、その前に大切な点があると思う。 「高校の魅力」を知らせる前に ルポ「ロビンソン酒場漂流記」(加藤ジャンプ著、新潮新書、2025年7月刊)で著者は、駅からも繁華街からも遠く、おおよそ商売向きとは思えない場所で、料理のうまさと大将のもてなしでしたたかに生き延びる酒場をロビンソン酒場と称し、訪ねている。この本を読みながら、県立高定員割れ解決のヒントになると感じた。 そこで、料理(教育)と大将(教師)のよさが光るロビンソン酒場を参考に、定員割れ高校が「ロビンソン高」になる魅力について考える。 では、魅力を広報する前に高校が行うべきことは何だろう。まず、自分たちの学校のよさを確認することだ。受験者減を地元の受験生の「もっと私たちが行きたい学校にして!」の声と捉え、そして各高校に「魅力ある〇〇高校委員会」を作り、皆が知恵を出し合い、学校のビジョンを明確にする。 そのビジョンを地域と共に生きる学校として発信する。具体的には、「学び・青春・進路」での充実した教育、教職員の個性豊かな指導をアピールする。ビジョンを定め、生徒と教師の手作りの学校説明会を行うと、ビジョンに共感する生徒が必ず入学する。そして、これらの生徒を大切にしてロビンソン高校をめざす。 地元生徒も入学するプラチナ高 入学した「こだわり派」の生徒・保護者は、必ず地域で自分の学校のよさを宣伝する。この最初のヒットが次の波を起こし、学校・教師の自信が深まる。魅力が地元に広がるにつれ、学校のイメージが改善、高校の魅力を求め入学する生徒が増える。すると、こだわり派を集めることから始めた遠くにあるロビンソン高校は、地元の生徒も多く入学する近くのプラチナ高校になる。(元高校教師、つくば市の小中学生の高校進学を考える会代表) ➡県高校審議会の過去記事はこちら(2025年8月27日付、12月21日付、12月25日付)

心に刻み付けたい言葉 2冊の本《ハチドリ暮らし》57

【コラム・山口京子】2026年の新年にあたって、心に刻み付けたい言葉に出会いました。「原発事故と農の復興」(小出裕章著、コモンズ、2013年)に出てくる言葉です。いま私たちに求められているのは、「エネルギーが足りないからエネルギーを供給する」ことではなく、「エネルギーを大量に必要としない社会を創る」ことだと。 エネルギー浪費型の工業社会から脱却し環境に見合った新しい形態の社会を創り出すこと、必要なのは農業の構造改革ではなく農業を疲弊させてきた工業優先の浪費社会を転換すること、自らの地で農産物を供給するような社会構造を生み出すこと―だと。 今日の世界には気の遠くなるような課題が山積みされており、私たち一人ひとりは、どんなに頑張ったところで、課題のごく一部分に自らを関わらせることができるに過ぎない。私たちに求められているのは、自らが真に求めている目標が何であり、自らが関わりきれない無数の運動とどのように連帯できるかを、常に問い直しながら運動を進めることである、と。 今後、放射能汚染から身を守るためには、汚染源そのものを廃絶させる以外に道はない。真に、放射能汚染から身を守る運動ができるならば、それは、農薬漬けの農業から脱却する道、食料を輸入に頼る社会から脱却する道だ、と。 食卓から地球を変える 小出さんがやりたいことは二つ。まず、原子力を選んだことに責任がなく、放射線感受性の高い子どもたちの被曝を減らすこと。そして、これまで破壊し続けてきた一次産業の崩壊を食い止めること。 この本には、有機農業を実践されている方々の声が多く掲載されています。食べることは生きることの基本、有限な地球で無限の欲望が成就されることはない、どのような未来を築きたいのかを構想することが必要―といった声です。 別の本「食卓から地球を変える あなたと未来をつなぐフードシステム」(ジェシカ・ファンゾ著、日本評論社、2022年)では、食卓がどう世界とつながっているか、世界のフードシステムがどうなっているのか―を「見える化」しています。暮らしの中に潜む深く重たい課題に気づかされます。(消費生活アドバイザー)

北条芸者ロマンの唄が聞こえる《映画探偵団》96

【コラム・冠木新市】今、1月25日に開催する詩劇コンサート「新春つくこい祭/北条芸者ロマンの唄が聞こえる」を準備中だ。これは2012年秋に上演した詩劇「北条芸者ロマン/筑波節を歌う女」を14年ぶりに再演するものである。 前回の講演と詩劇では、1930(昭和5)年に童謡詩人 野口雨情が筑波町から依頼されて作詞した「筑波小唄」が、完成40日後に二分されて「筑波節」が生まれた謎の解明を試みた(映画探偵団22)。今回、「筑波節」誕生95周年記念詩劇に取り組むうち、新たな謎に気付かされた。 「筑波小唄」を初披露したのは筑波芸者だったのに、SPレコードに吹き込んだのは東京のうぐいす芸者・藤本二三吉、「筑波節」を吹き込んだのは北条芸妓連だったことだ。 なぜ筑波芸者は吹き込みから外されたのか? なぜ北条芸妓連が選ばれたのか? 改めて気になった。資料は何も残されていない。このことには14年前に気付いてはいたが、それよりも当時は雨情が一つの詞を二つに分けたことの方に関心が向いてしまい、筑波芸者の存在をそれほど気にかけなかった。 淡島千景vs.山本富士子 泉鏡花 原作「日本橋」が1956年、大映で市川崑監督により映画化された。日本橋芸者・稲葉家のお孝(淡島千景)が医学士 葛木晋三(品川隆二)をめぐって、滝の家の清葉(山本富士子)と張り合う話だ。昔、名画座の赤茶けた画面で見たのだが、淡島千景の粋な芸者ぶりと山本富士子のさっぱりした姿にほれぼれし、以後、私の芸者映画の基準になった。 美人芸者同士の恋のさや当ては、見ていてスリリングであり、この作品を超える芸者映画にはなかなかぶつからない。後にきれいな画面のDVDを見て、2女優の美しさに酔いしれた。 「日本橋」を思い出したとき、レコード録音をめぐり、雨情を挟んで筑波芸者と北条芸者が争ったのではないかと想像した。すると、一つの詞を二つに分けたことよりも、芸者さんにとって、吹き込みの件は重大な出来事だったと思える。雨情は、そのことをどう考えていたのだろうか? 北条芸者に録音を取られた筑波芸者は何を感じたのか? 今回はそのあたりに少し踏み込んでみた。 土浦音頭と筑波節、どっちが先? これに関連して、もう一つの謎が浮かび上がってきた。それは1930(昭和5)年か33(昭和8)年に土浦で作られた横瀬夜雨 作詞、弘田竜太郎 作曲の「土浦音頭」である。こちらは、水郷芸者の君香がSPレコードに吹き込んだ(映画探偵団25)。 こちらも資料がないため想像するしかないのだが、もし昭和5年に制作されたならば、「筑波節」と同時期ということになる。では、どちらが先だったのか? 「筑波節」の動きに刺激され、「土浦音頭」が作られたのか? 先に「土浦音頭」が作られ、その後「筑波節」が企画されたのか? はっきりしているのは、筑波も土浦もこの唄を大切にしてこなかった事実だ。その証明として両方とも歌碑がない。雨情の場合、いくつも歌碑が残されている。雨情のふるさと磯原には、「磯原小唄」は三つ、「磯原節」は一つある。また、夜雨の歌碑も筑波山にはある。たかが歌碑と言ってしまえばそれまでだが、文化に対する民度を物語っているのではなかろうか。 今回のイベントでは、第1部は大川晴加さんらの「筑波節」録音をめぐる詩劇、第2部は筑波の唄を集めた小野田浩二さんのコンサート(中でも「筑波馬子唄」は幻の唄に近い)となっている。サイコドン ハ トコヤンサノセ。(脚本家)

産後ケア利用の男児が一時意識不明に つくば市 重大事故検証委設置へ

つくば市から委託を受けて、出産後の母子のケアなどを実施している「産後ケア施設」で昨年11月、施設を利用していた生後4カ月の男児が一時意識不明となり、救急車で病院に運ばれていたことが分かった。男児は現在、退院しているが、左手足にまひが残り、今後継続的に通院やリハビリが必要な状態という。 市は重大事故として、第三者による検証委員会を設置する方針を決め、7日開かれた市議会全員協議会に説明した。同市は2018年度から産後ケア事業を実施しているが、意識不明など重大事故が発生したのは初めて。 同市こども未来センターによると、男児は市内に住む。当時、母親と2人で施設を利用中、容体が急変し意識不明になった。施設が119番通報し、救急車で病院に運ばれ入院した。施設からは翌日、市に連絡があり、市は同日、県などに報告した。 男児が意識不明になった原因については不明という。当時、男児がどのような健康状態だったかや、意識不明になった経緯、施設で何をしていたかなど当時の状況について市は、公表できないとしている。 検証委の設置は、意識不明になった原因が不明であることから、昨年3月にこども家庭庁などから出された通知に基づいて設置する。検証委では、関係者へのヒヤリング、現地調査などを実施して事実関係を明らかにした上で、発生原因を分析し、必要な再発防止策を検討する。さらに事故発生の背景、対応方法、問題点、改善策などについて提言をまとめる。 市によると、検証委の委員として医師、弁護士、学識経験者、産後ケア事業者など5人以内を検討している。16日に開く市議会本会議で検証委の設置が可決されれば、すみやかに委員を選定し、年度内に第1回会合を開催したい意向だ。提言報告書をまとめるまでには1年ほどかかる見通しだという。 産後ケア事業は、出産後、育児に強い不安があったり、周囲に手伝ってくれる人がいないなど育児の支援が必要な、ゼロ歳児の母親などを対象に、相談に乗ったり、母子の健康状態をチェックしたり、食事や宿泊などを提供する事業。つくば市は現在、市内外の医療機関や助産院など19施設に委託して実施し、2024年度は261人の母親が子供と一緒に利用した。昨年11月に意識不明事故があったのは19施設のうちの一つという。(鈴木宏子)