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「気軽にクラシックを」つくばリサイタル10周年 5月22日、筑波大生主催

筑波大生有志が主催するコンサート「つくばリサイタルシリーズ 一流奏者が贈る 色とりどりの世界」が5月22日、同市竹園、つくばカピオ ホールで開催される。同リサイタルは、同大の学生有志でつくる、つくばリサイタルシリーズ実行委員会が「学生に気軽にクラシックを楽しんでもらいたい」と毎年行っている公演会で、今年で10周年を迎える。

10周年の節目となる今公演では、若い演奏家の発掘を目的とする「ヤングコンサートアーティスト国際オーディション」で2019年度第1位を獲得するなど国内外で評価の高い弦楽四重奏団「カルテット・アマービレ」と、都内のオーケストラで活躍するメンバーらが2012年に結成した木管五重奏団「アミューズ・クインテット」の2組が出演する。

これまでの公演では1回の公演につき1組が出演していたが「今回は10周年記念ということで、過去に出演したアーティストから2組に出演を依頼した。10周年に相応しい2組」と実行委員会で同大3年の岩永彩花さんは話す。

公演では5曲が披露される。いずれも企画の創設者である同大人文社会系、江藤光紀准教授(主たる研究テーマは芸術を巡る公共性)が作曲した。江藤准教授は学生時代に独学で作曲の勉強を始め、これまで多数の室内楽曲を作曲してきた。過去のリサイタルでも江藤准教授が書き下ろした曲が毎回演奏されており、10周年となる今公演ではその中から4曲と新作1曲の計5曲が披露される。

江藤准教授は「回を重ねるごとに、実行委員の皆が演奏会運営の能力を向上させ、経験を蓄積し、後輩たちに引き継いできた。その姿勢が評価されて、著名な、あるいは将来を嘱望されたアーティストの方々がスケジュールを調整して出演してくださるようになった。それとともに、多くのお客様に足を運んでいただけるようになった」とこれまでを振り返る。

昨年12月には新型コロナウイルスが感染拡大を続ける中、感染対策を入念に行ったうえで第9回(20年12月2日付)を開催した。当日のアンケートには「久々にコンサートを聞いた。大変だけど来てよかった」という声が多数寄せられた。岩永さんは「アンケートを見て、大変な状況だったが、来てくださった方に楽しんでいただけたことが実感できた」と話す。

コロナ禍での開催について江藤准教授は「パフォーミングアーツ(実演芸術)は、演者と観客が同じ場所・時間で感動を共有する点に、最大の魅力がある。コロナはそこに深刻なダメージを与えた。困難な状況を積極的に乗り越えることで、実行委員会も大きく成長していると思う」と話した。(山口和紀)

◆開場は5月22日(土)午後1時15分、開演は2時。入場料は学生無料、一般1000円(消費税込み)。チケットの詳細は公式ホームページまで。

昨年冬のリサイタルは、感染防止対策のため観客席の間隔が空けられた(同)

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ロボッツ、越谷に今季4連敗

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筑波大近くの「薔薇絵亭」《ご飯は世界を救う》72

【コラム・川浪せつ子】数年ぶりに筑波大学近くのロシア料理店「薔薇絵亭(バラエテイ)」(つくば市天久保)を訪ねました。「ずいぶん前からあるお店ですね」とお聞きすると、今の場所では40数年になるそうです。その前は近くの建物にテナントで入っていたとか。筑波大は創立53年ですが、そのころ開店したお店は多かったようです。 「ナターシャプレート」を注文しました。ナターシャって?トルストイの長編小説「戦争と平和」の主役ナターリアの愛称ですね。「マーシャのつぼ焼きプレート」のマーシャはマリア(女性の名前)の愛称だそうです。「マーシャと熊」というロシアの人気アニメの名前が付いたプレートもあるんですね~! ロシア料理の代表は、寒いお国柄で、温かな煮込み料理ボルシチ、ビーフストロガノフ、つぼ焼き、ピロシキ。寒いからか、お酒はアルコール度の高いウオッカ。そのお国の食べ物を通して、気候、文化が見えてきます。 日本は海に囲まれているから、魚介類を使ったお料理、おだしの文化。そして湿度の関係から、発酵食品がいろいろあるのだと思います。でも、日本は南から北に長いので、ご当地のお料理に幅がありますね。 「百万本のバラ」? お店の名前「薔薇絵亭」。思い出したのが「百万本のバラ」という歌でした。ロシアの歌謡曲を日本語に訳して、加藤登紀子さんの持ち歌になっています。そこから店名を取ったのでしょうか。当て字が面白いですね。 ロシアで思い出すものもう一つ、「おおきなカブ」という、今でも読み継がれているロシア民話です。私が幼稚園に通っていたとき、このお話のおばあさん役をしたことを覚えています。最後に「やっと、カブは抜けました」でおしまい。みんなが一緒になってカブを抜くことができるというお話です。 そう、みんなで力を合わせたら、困難なことも解決できる。昔から言い伝えられてきたのではないかな。世界中、ケンカしないで、みんなで力を合わせたら、温暖化や紛争も解決できる…かもね。(イラストレーター)