火曜日, 10月 6, 2026
ホームつくば「気軽にクラシックを」つくばリサイタル10周年 5月22日、筑波大生主催

「気軽にクラシックを」つくばリサイタル10周年 5月22日、筑波大生主催

筑波大生有志が主催するコンサート「つくばリサイタルシリーズ 一流奏者が贈る 色とりどりの世界」が5月22日、同市竹園、つくばカピオ ホールで開催される。同リサイタルは、同大の学生有志でつくる、つくばリサイタルシリーズ実行委員会が「学生に気軽にクラシックを楽しんでもらいたい」と毎年行っている公演会で、今年で10周年を迎える。

10周年の節目となる今公演では、若い演奏家の発掘を目的とする「ヤングコンサートアーティスト国際オーディション」で2019年度第1位を獲得するなど国内外で評価の高い弦楽四重奏団「カルテット・アマービレ」と、都内のオーケストラで活躍するメンバーらが2012年に結成した木管五重奏団「アミューズ・クインテット」の2組が出演する。

これまでの公演では1回の公演につき1組が出演していたが「今回は10周年記念ということで、過去に出演したアーティストから2組に出演を依頼した。10周年に相応しい2組」と実行委員会で同大3年の岩永彩花さんは話す。

公演では5曲が披露される。いずれも企画の創設者である同大人文社会系、江藤光紀准教授(主たる研究テーマは芸術を巡る公共性)が作曲した。江藤准教授は学生時代に独学で作曲の勉強を始め、これまで多数の室内楽曲を作曲してきた。過去のリサイタルでも江藤准教授が書き下ろした曲が毎回演奏されており、10周年となる今公演ではその中から4曲と新作1曲の計5曲が披露される。

江藤准教授は「回を重ねるごとに、実行委員の皆が演奏会運営の能力を向上させ、経験を蓄積し、後輩たちに引き継いできた。その姿勢が評価されて、著名な、あるいは将来を嘱望されたアーティストの方々がスケジュールを調整して出演してくださるようになった。それとともに、多くのお客様に足を運んでいただけるようになった」とこれまでを振り返る。

昨年12月には新型コロナウイルスが感染拡大を続ける中、感染対策を入念に行ったうえで第9回(20年12月2日付)を開催した。当日のアンケートには「久々にコンサートを聞いた。大変だけど来てよかった」という声が多数寄せられた。岩永さんは「アンケートを見て、大変な状況だったが、来てくださった方に楽しんでいただけたことが実感できた」と話す。

コロナ禍での開催について江藤准教授は「パフォーミングアーツ(実演芸術)は、演者と観客が同じ場所・時間で感動を共有する点に、最大の魅力がある。コロナはそこに深刻なダメージを与えた。困難な状況を積極的に乗り越えることで、実行委員会も大きく成長していると思う」と話した。(山口和紀)

◆開場は5月22日(土)午後1時15分、開演は2時。入場料は学生無料、一般1000円(消費税込み)。チケットの詳細は公式ホームページまで。

昨年冬のリサイタルは、感染防止対策のため観客席の間隔が空けられた(同)

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho





spot_img

最近のコメント

最新記事

地元食材をぜいたくに 土浦花火弁当お披露目 6店が12種類販売

11月7日開催の第95回土浦全国花火競技大会会場で販売される「土浦花火弁当」が5日、お披露目された。土浦特産のレンコン、県産の常陸牛、霞ケ浦の川エビ、シラウオなど地元の食材をぜいたくに使った大会当日限定のオリジナル弁当で、今年は市内の飲食店5店と土浦飲食店組合の計6事業者が12種類を販売する。 花火弁当販売事業者らでつくる土浦名物弁当事業者部会の部会長で小松屋4代目店主の柳生剛さん(54)は「花火弁当は、レンコン、つくだ煮、うなぎなど土浦の食材を生かしている。食を通して土浦の魅力をPRしていけたら」と話す。昨年は計約1300個を販売した。今年は1500個の販売を目指すという。価格は1800円~6800円(税込み) 「20年、誇りに思って頑張ってきた」 販売を開始して今年で20年になる。2006年に、花火の4号玉を模したオリジナル容器で販売したのが始まり。08年に同名物弁当事業者部会を立ち上げ、09年からは花火の筒をイメージした全店共通の外箱を使って3段重ねの弁当を開発した。外箱を広げると、3段重ねの三つの容器を膝の上に広げて、花火を見ながら食べられるようになっている。 花火弁当の開発とPRに尽力した土浦市食のまちづくり検討委員会の堀越雄二委員長は「花火大会に飲食店が関与できることを誇りに思って20年間頑張ってきた」と振り返り「全国の花火大会を巡ったが、共通の器を使った花火弁当を販売しているのは土浦だけ」と強調した。 安藤真理子市長は「『土浦の花火、ここにあり』ということで、飲食店の皆様が、共通の容器を用いた素晴らしい企画をしていただいていることに、私たちも胸を熱くしている。すぐに売り切れてしまうので、いち早く予約していただきたい」と話した。 土浦市観光協会の中川喜久治会長は「ついに花火が近づいた、花火弁当の競争が始まったという思いがする」と述べ「花火弁当は、地元の食材を中心に土浦をアピールする大事な場でもある。ぜひブランド化して、次の展開にいくようにしていただけたら」とした。 土浦の味と共に花火を楽しんで 今年販売されるのは、同市大和町の小松屋が、国産うなぎと名産のつくだ煮で培った煮炊きの技術を詰め込んだ「土浦花火 うなぎ牛御膳」「国産うなぎ うな丼・上」「三段筒うなぎづくし御膳」の3種を販売する。 同市中央の老舗料亭「霞月楼」は、しらうおやレンコンなどの地元の食材を料亭らしく丁寧に仕上げた「三段花火筒弁当『彩響(あやひび)』」、容器のひもを引っ張ると8分ほどで炊き立てのようになる「寒い会場でも熱々 発熱容器具沢山釜飯弁当」の2種類。 同市大和町のすし店「鮨の旦兵衛」は、県産のハマグリ、メヒカリ、レンコンなど秋の食材を使用した「鮨の旦兵衛謹製 花火弁当三段重」と、うなぎと常陸牛をそれぞれ香ばしく焼き上げた「特製 うな牛弁当」の2種類。 同市宍塚の「さくらガーデン」は、県産つくば鶏の照り焼きや土浦のレンコン、ローストビーフ、霞ケ浦の川エビ、シラウオを使った「三段花火筒弁当」と網焼きした国産牛サーロインをメーンに、天ぷらやサワラの西京焼などを詰め合わせた「土浦花火二段弁当」の2種類。 同市川口のダイニング・ムーン№385は、白糖や化学調味料を使用せず、地元の野菜をふんだんに使った三段筒弁当「土浦名物花火弁当 綾京(あやみやこ)」と「無水キーマカレー弁当」の2種類。 ほかに、同市中央の土浦飲食店組合が、中華花火弁当「スターマイン」を販売する。 いずれも事前の予約申し込みが必要。詳しくは市観光協会のホームページへ。今年は花火弁当の引き渡し場所が変更になり、土浦市生田町8-13、若山金物店駐車場で引き渡す。(鈴木宏子)

国立歴史民俗博物館を訪ねて《ふるほんや見聞記》21

【コラム・岡田富朗】国立歴史民俗博物館(略称:歴博)は千葉県佐倉市の佐倉城址の一角に1983(昭和58)年に開館しました。開館以来、日本の歴史と文化について総合的に研究・展示してきた博物館です。約13万平方メートルという広大な敷地に壮大な規模の施設を構え、先史・古代から現代までの歴史と、日本列島の民俗文化をテーマに、実物資料をはじめ、精密な複製や復元模型などを用いて、日本の歴史と文化を分かりやすく展示しています。 「アイヌ民族と博覧会  ―150年の経験-」 歴博では10月6日から11月29日まで、企画展示「アイヌ民族と博覧会 ―150年の経験ー」が開催されます。博覧会は知識や文化を広める一方で、人や文化を比較し、序列化する場という側面も持っていた歴史があります。本展では、1872年の湯島聖堂博覧会から2025年の大阪・関西万博まで、約150年にわたるアイヌ民族と博覧会との関わりを、工芸品、写真、絵はがき、書簡、衣装、映像など約200点の資料を通して読み解いています。 松浦武四郎著作「近世蝦夷人物誌」 第1章の展示品の中には、アイヌ民族の人々の協力を得て蝦夷地を調査し、「蝦夷通」として知られた松浦武四郎の著作「近世蝦夷人物誌 二篇巻之中」(1858年、松浦武四郎記念館蔵/展示期間:10月6日~11月1日)があります。北海道の名付け親としても知られる松浦武四郎。その著作をはじめ、重要文化財19点が展示されます。 「近世蝦夷人物誌」は、1857(安政4)年から翌年にかけて松浦武四郎が執筆したものです。武四郎は1857(安政4)年にアイヌの彫工モニヲマを訪ねた際、彫り物を一つ依頼し、その技術の高さに驚いたことも記しています。そのほか、小箱や盆など、近世末に流通していた木彫りなどのアイヌ工芸品も見ることができます。 また第2章の展示品の中には、明治記念拓殖博覧会にて銅賞牌を受賞し、彫刻の技術が巧みで名工と呼ばれた貝澤ウトレントク(1862~1914)が製作したと分かっている3枚の盆のうちの1枚も展示品に含まれています。 最後に本展の見どころについて、展示代表に伺いました。 「見どころは、出品や出場を通じて博覧会に関わった、一人ひとりのアイヌの『声』に注目している点です。博覧会への参加は、当事者にとってどのような経験だったのでしょうか。その多様な受け止め方を、できるだけ丁寧に紹介することを大切にしました。一人ひとりの『声』に耳を傾けながら、アイヌ民族と博覧会との関わりを考えていただければと思います」 「また、展示のテーマをさらに掘り下げる歴博映像フォーラム20(10月24日〈土〉、事前申込制)と第472回歴博講演会(11月14日〈土〉)を開催します。詳しくは歴博のウェブサイトなどをご覧いただき、本展とあわせて、ぜひご参加ください」(ブックセンター・キャンパス店主)

霞ケ浦、水城に敗れ優勝ならず 秋季関東高校県大会

第79回秋季関東地区高校野球茨城県大会は4日、ひたちなか市民球場で決勝戦が行われ、霞ケ浦は水城に2―3で敗れ、11年ぶり5度目の優勝はならなかった。高橋祐二監督に代わってこの日も指揮をとった霞ケ浦の大高直人部長は「(水城のエースの)大川君の落差のある変化球に対応出来なかった」と敗因を語った。 水 城 010100100 3霞ケ浦 020000000 2 霞ケ浦は2回に失策で1点を先制されるが、その裏2死満塁のチャンスに鹿又煌翔が、先発の大川のストレートをレフトへタイムリーツーベースを放ち、2ー1と逆転する。「みんなが繋いでくれたので何としても打ちたかった。ヒットになって良かった」と鹿又。しかし水城は4回、内野ゴロの間に同点に追いつき、試合を振り出しに戻す。 霞ケ浦打線は4回以降、毎回走者を出すが、チャンスであと1本が出ずホームが遠のく。霞ケ浦先発投手の内山雷斗は、調子は悪いながらも徐々にスライダーの感覚が良くなり、6回まで粘り強く投げ、水城打線を抑えた。 しかし7回、甘く入ったスライダーを水城打線に仕留められ、水城の村田琳央、野口心大から連打を浴びる。1死一、三塁とされ、続く大森寧起にも低めのスライダーを上手くライト前に運ばれ、勝ち越しを許した。 7回途中、霞ケ浦の2番手投手として後藤稜空がマウンドに上がるが、水城の幡耕誠に四球を与え1死満塁のピンチを招く。しかし続く富田陽大をショートへの併殺打に仕留め、味方の反撃を待った。 その後、霞ケ浦打線は8回、9回と3者凡退に抑えられ、水城のエース大川を攻略することが出来ず、夏、秋と県大会連覇は果たせなかった。 先発した内山は「準々決勝、準決勝と三浦が頑張ってくれた。決勝は自分が任されたが、いい結果が出ず悔しい。関東大会では弱気にならずに攻めていき、霞ケ浦の野球をして、1勝、1勝積み重ねていきたい」と話した。主将の湯浅隼人は「投手を中心とした守りから攻撃に繋げていくチームだったが、今日は守りからミスを重ねて失点をしてしまい、打線も点を返すことが出来なかった。自分たちが今までやってきた野球が出来ず、負けてしまったのは悔しい。守りから勝つ霞ケ浦の野球をもう一度見直し、関東大会では自分たちが目標としている春の選抜甲子園出場を果たすために頑張る」と意気込みを語った。 霞ケ浦の大高部長は「守備のエラーが出たのは予想外だった。内山も不安なところはあったが、苦しい中でも何とか打ち取った。しかし守備のエラーで浮き足立ってしまった。鹿又のヒットで逆転し、気持ちが切り替わっていけたら良かったが、出来なかった」と話した。 水城は、今夏準優勝校の常総学院、優勝校の霞ケ浦を倒し、秋季県大会で16年ぶり2度目の頂点に立った。水城は茨城の王者として強豪校ぞろいの関東大会に挑む。霞ケ浦も2日の準決勝ですでに関東大会出場を決めている。(高橋浩一)

バイシクル・ダイアリーズ ⑹《ことばのおはなし》97

【コラム・山口絹記】ツール・ド・つくば2026、本番当日。朝5時前に起床。普通に寝不足である。炭水化物をとるため、山盛りのパスタとパンを無理やり食べ、前日に車に積んでおいた自転車とともに会場へ向かった。 会場に着くと、すでに参加者たちが周辺を走り込んでいる。使い込まれたロードバイクに本格的なサイクルウェア。チームで参加している人も多い。 私はこれまでスポーツの大会というものにほとんど参加したことがない。最後に出たのは、小学生のころの水泳の区民大会くらいだ。どうにも自分だけ場違いな気がする。 スタート地点には見たこともない数のロードバイクが並んでいた。その中に自分がいることが不思議で、一体どうしてこうなったのだろうと思う。 自分はいつもこうだ。自分で決めたことなのに、どうして自分が今ここでこうしているのかと、ふと我に返ってしまう。 55分21秒 201 スタート。 自転車屋の店長さんから「周りのペースに乗せられないように」と言われていたので、自分の脚にかかる負荷だけを意識する。 とはいえ、ずいぶん追い抜かれるな。 30代の集団では早々に最後尾。やがて後ろからスタートした40代の人たちにもすさまじい勢いで追い抜かれていく。 どうなってんだよ。おかしいだろ。 横をぶち抜いていく立派なふくらはぎを見て、まぁさもありなんと諦めた。 それでも練習で一度座り込んだ不動峠を今回は止まらず通過。スカイラインに入ると、今度は店長さんの「下りは休憩じゃないですからね」という言葉を思い出す。 ギアを上げ、一気に踏む。 下りで加速し、その勢いのまま次の登りへ。これは意外とうまくいった。今まで抜かれ続けていたのに、今度はこちらが何人も追い抜いていく。最高速度54.7キロ/時。人を追い抜くというのは、結構気持ちがいい。 風返し峠を越え、残り1キロで経過時間は50分。 コレは1時間を切れる。 急に気合が入り、初めてダンシングをしてみたら脚がつりそうになったので、すぐやめた。右膝も痛い。 最後まで見えないゴールへ向かって、残った力でペダルを踏む。 55分21秒201。 目標だった1時間を、4分以上縮めていた。 もっと遠くへ行ってみたい 帰りは参加者数十人で、登ってきた道をゆっくり下る。段差があれば前の人が手でサインを出す。それを見て、私も後ろの人にサインを送る。 なんだか、これがすごく楽しい。 ツール・ド・つくばを完走することは、私にとって大切な約束でもあった。その話は、いつかきちんと書こうと思う。 今はただ、もっと遠くへ行ってみたい。 そんなことを考えていたところ、父から「6月末に佐賀へ行かないか」と連絡があった。 佐賀は、この自転車にも深い関わりのある場所である。 そうか。このバイクを、佐賀に持っていけばいいんだな。 次の目標が決まった。(言語研究者)