土曜日, 1月 29, 2022
ホーム つくば コロナ禍 学生4000人が行列 筑波大が食料20トンを無料配布

コロナ禍 学生4000人が行列 筑波大が食料20トンを無料配布

【山口和紀】筑波大学(つくば市天王台)は22日、学生に食料の無料配布を実施した。地元企業などから約20トンの支援物資が集まり、学生約4000人が列をつくった。一方、想定を大幅に超える学生が集まったことから4時間以上並んだ学生もおり、午後4時ごろには物資が底をついた。

学生生活課の担当職員は「自粛期間に入ってから、こんなに多くの学生を見たのは初めて。午後2時時点で1000人が受け取ったが、今3000人ほどの列ができている」と語った。当初、受け取りにくる学生は「200人から1000人ほど」と考えていたという。

7割が「アルバイト減った」

同大では新型コロナ第3波が到来した昨年12月半ば、生活への影響について学生にアンケート調査を実施した。回答があった学生の7割が「アルバイトが減った」と答えた。

こうした状況を受け学生を支援しようと、今月5日から、教職員のほか、JAやロータリークラブなどの地元企業や卒業生などに支援を呼び掛けた。わずか3日間ほどで地元企業や卒業生が経営する企業などから20トン近い食料が届いた。

コメ7トン、カップ麺2万4000食、レトルトカレー2000食、缶詰2300個、チョコ菓子1万6000個、飲料水1万1000本、キャベツ・ハクサイ各500個、卵1200パックなどだ。

大量に積み上げられたコメ

食料無料配布会の開催を、構内の掲示板やサークルなどを通して学生に案内したところ、学生同士のSNSなどで「大量の物資が集まっている」などと瞬く間に広がった。

当日は集まった食料が大量だったことから、配布会場が2カ所に分けられた。メーンの学生宿舎、グローバルビレッジ会場にはカップ麺、レトルト食品、菓子などが並べられ、サブ会場の平砂宿舎には、コメや飲料水などが置かれた。

「これからずっとキャベツ生活」

配布開始は午前10時だったが、8時30分ころには学生が並び始め、1時間前の9時には数百人が列をつくった。開始時間を15分前倒しすることになったが、その後も列は瞬く間に増え、10時過ぎには約1000人が列をつくった。

人文学類3年の男子学生は「もうすでに3時間並んでいる。あとどれくらい並ぶのか全然わからない」と語り、メーンとサブ会場の両方に足を運んですべての食料を受け取るには「あと1時間か、2時間くらいかかるんじゃないかと思う」と話した。理工学群2年の学生は「並び始めて数十分経ったが、ほとんど列が進まない。ここで帰ったら負けだと思いずっと並んでいる」と笑う。

想定を大幅に超えた学生が集まったことについて学生課の担当職員は「うれしい悲鳴というか、ここまで多くの学生が集まるとは正直考えてもみなかった。カップ麺2万4000個など、これだけ大量の物資が底をつくとは想定しておらず、むしろ残ってしまった場合のことを考えていた」と打ち明ける。

食料を受け取った人間学群1年の学生は「並ぶのは大変だった。でも大量の食材をもらえた。本当にありがたい。持って帰るのが大変」と語る。キャリーバックだけでなく、配布された食料を大きな袋いっぱいに詰め込んでいた学生の姿もあった。「キャベツを箱ごと丸々もらった。これからずっとキャベツ生活」「コメとカップラーメン1年分もらった」と話す学生もいた。

3 コメント

誹謗中傷するコメントはNEWSつくば編集局が削除します。
3 Comments
フィードバック
すべてのコメントを見る

陽性確認者数(公表日ベース)の推移

つくば市

土浦市

スポンサー

注目の記事

最近のコメント

最新記事

浄化槽設置補助金431万円を過大交付 国・県に返還へ つくば市

台所の排水やトイレのし尿を処理する合併処理浄化槽を住宅や事務所に設置する場合に国や県から交付される補助金について、つくば市は28日、会計検査院による国の会計実地検査の事前調査で、2019年度の設置事業について、国と県から過大な交付を受けていたことなどが分かったと発表した。最大で8件分、約431万1000円が過大に交付されたとみられるとして、市は金額を確定した上で、補正予算に計上して3月議会に提案し、県と国に返還するとしている。 市環境保全課によると、高度処理型合併処理浄化槽の費用は家族5人用の場合、工事費も含め100万円前後で、霞ケ浦、牛久沼、小貝川のどの流域に住んでいるかや、浄化槽の性能によって、38万4000円~87万6000円の補助金が国・県・市から交付される。 過大に補助金の交付を受けていたとみられる8件のうち4件は、実際は設置工事が延期されたり中止されたことにより19年度の申請が取り消されていたにもかかわらず、実績報告に含め、国や県から、つくば市が補助金を受けていたという。残り4件は、霞ケ浦・牛久沼流域か小貝川流域か、どの流域にあるかの判断を誤り、本来とは異なる金額で実績報告してしまったという。 流域の確認を誤った4件は、設置者にすでに補助金を交付している。このうち3件は、本来より高い補助金を交付してしまったことから、設置者3件に対し計51万7000円を返還請求する。一方、本来より低い補助金を交付したケースも1件あり、8万9000円を返還するという。 合併処理浄化槽の設置補助金を受けるには、市に交付申請書を提出することが必要で、申請者はどの流域に住んでいるかを書類に記載する。流域が入り組んでいる地区からの申請書類に流域の記載誤りがあったにもかかわらず、市が確認することを怠ったなどが原因という。 同課は再発防止策について、今後は特に注意を要する項目をリスト化し複数人で確認するなど、確認体制の強化を図るとしている。

小学校 臨時休校に 2月10日まで 県が要請

新型コロナウイルスの感染が急拡大し、県教育委員会が、県内すべての小学校にリモート学習と分散登校の併用などを要請したことを受けて、つくば、土浦市の小学校はいずれも1月31日から2月10日まで、臨時休校となる。 リモートとプリント授業 つくば市 つくば市は27日、市内すべての小学校と義務教育学校前期課程を臨時休校にすると保護者に緊急メールで連絡した。 県教委が26日、県内の小学校で複数のクラスターが確認されていることなどを踏まえ、リモート学習など感染拡大防止の取り組みを徹底するよう市町村教委に要請。これを受けてつくば市教委がリモート授業の実施を決めた。 つくば市では1月に入ってから毎日感染者が判明し、小学校は2校が休校、6校12学級で学級閉鎖となった。 31日から2月10日までは原則登校はせず、オンラインを活用した授業とプリントなどの学習を行う。ただし、保護者が医療や介護、保育、消防などに従事する場合や仕事の都合などで児童の面倒を見ることが困難な場合、自宅にインターネット環境のない児童は学校が受け入れる。

カスミの新業態「BLANDE」つくば並木店オープン ウエルシアと売場融合

食品スーパーのカスミ(つくば市、山本慎一郎社長)が28日、つくば市並木4丁目に新業態のスーパーマーケット「BLANDE(ブランデ)つくば並木店」を開店した。ドラッグストア大手のウエルシア薬局と売り場、レジを一体化したのが特徴で、医薬品を除く化粧品や日用品などを食料品とまとめて決済することができる。「フード、ヘルス、ビューティー&ウエルネス」をコンセプトにし、より利便性の高い新しいスーパーマーケットの形を目指す。1号店は売場面積2353平方メートル、年商目標は16億円。 早速にぎわう果物売り場=BLANDE店内 食料品ではカスミのプライベートブランド「MiiL KASUMI(ミールカスミ)」でオリジナル商品を作り、地元ならではの品やこだわりの品をそろえる。総菜売り場ではアジアン、エスニックなどさまざまな国のメニューのデリカを用意。お酒売り場ではアプリを活用して好みのワインを探せたり、有料でワインテイスティングしたりできるコーナーも展開する。つくば市手代木のイタリアンレストラン「TRATTORIA E PIZZERIA AMICI(トラットリア・エ・ピッツェリア・アミーチ)」が監修した焼きたてピザも提供する。 レジを通らずに買い物できるスマートフォンアプリ「Scan&Go Ignica」を利用した会員制プログラム「BLANDE Prime」の導入も新しい試み。ブロンズ、シルバー、ゴールドと3つの会員グレードを用意し、有料会員はオンラインデリバリーの配送料無料やカスミの管理栄養士による健康相談、コーヒー1杯無料などのサービスが受けられる。 有料会員用の管理栄養士によるヘルスサポートコーナー=同

高田保の「ブラリひょうたん」 《ひょうたんの眼》44

【コラム・高橋恵一】高田保は、土浦出身の劇作家、映画監督、舞台演出家、随筆家である。旧土浦町の旧家に生まれ、子供のころから気遣いができて話も面白く、同級の者以外とも交流するなど、人望が厚かったそうだ。 旧制土浦中学(現在の土浦一高)を経て早稲田大学の英文科に進み、頻繁に銀座に現れるなど生活を謳歌(おうか)したという。中学の入学試験はトップだったが、2位には阿見町出身の下村千秋がおり、その後、2人とも文筆の道に進んだ。 保は、大学在学中から新劇運動に参加。戯曲に取り組んだり、劇団の脚色、演出、小説の執筆など、幅広い分野で活動。人柄もあって幅広い付き合いがあった。 東京日日新聞(現・毎日新聞)の学芸部長だった阿部真之助から、菊池寛を顧問とした学芸部社友に、大宅壮一、横光利一,吉屋信子らとともに招かれ、活躍。彼らの文章を評して、「マクラの阿部真之助、サワリの大宅壮一、オチの高田保」と言われたこともあるという。 戦時中から体調を壊し、大磯(神奈川)に住まいを移し、晩年は、同じ大磯の志賀直哉の旧居に住んだ。 戦後、1951年の12月から、東京日日に、1日1文「あとさき雑話」を書き始め、新年からは表題を「ブラリひょうたん」に改めた。なぜ、ブラリなのか? なぜ、ひょうたんなのか?...