火曜日, 10月 6, 2026
ホームコラム《沃野一望》23 正岡子規『水戸紀行』追歩 (3)

《沃野一望》23 正岡子規『水戸紀行』追歩 (3)

【コラム・広田文世】

灯火(ともしび)のもとに夜な夜な来たれ鬼

我(わが)ひめ歌の限りきかせむ  とて。

正岡子規の『水戸紀行』を追歩する令和版珍道中は、取手から国道6号線を北へ向かって歩く。この辺りの国道は、子規が歩いたころとは異なる道筋となる。旧水戸街道は、右手高台下の市街地を抜けていく。旧街道には江戸時代の本陣跡が残っている。そこを、水戸藩九代藩主の斉昭や息子の慶喜が江戸に向かい、子規は北に向かった。

令和版は、現在の6号国道を行く。

緩い坂を下ると、左手前方の平野の彼方に、筑波山の秀麗な紫の鋭角が望める。子規は、ある年の年賀状で、「…富士の山めでたく候。筑波の山めでたく候…」と記している。富士山と筑波山を対等に並べ憧れていた。

坂を下ると、「とりあえず」どころではない、大きなビール工場へ差し掛かる。工場の前に、立派な記念植樹と柵に囲まれた距離表示ポールが設置されている。東京日本橋の道路原標より40キロ地点。

取手を過ぎると田園風景が広がってくる。令和版も急に空腹を覚えてきた。そこまで子規を見習ったわけではないが、今回の我流追歩は、まったくの出たとこ勝負。弁当の用意など、はなから念頭になく歩き出してきた。

藤代のバイパスへ入ってしまうと食事にありつける店の記憶がなく、ここは旧6号を進む。正真正銘の旧水戸街道が右手から合流してから、なおしばらく歩くと、左手にMの字の大きな看板を発見する。ちょうど休憩時間に頃合い。どれ、まあ、ここで仕方ないかと妥協し入店する。

牛久沼は「二股大根」

子規は、藤代近辺で、あまりに不味い鮫(サメ)の煮物に「さめざめと」泣いたと恨めしく駄洒落ているが、令和のMの味も、「まっ、食(く)えるか」というパサパサの味気無さ。『水戸紀行』には、景色よりも食事や宿や街道の人の対応記述が目立つ。それも、繰り返しの不満。食い物の恨みは恐ろしいが、当時の街道筋の貧困な食糧事情の一端がうかがえる。

パサパサをぐっと飲みこみ、とにかく足を休め腹ごしらえができた。元気を出して、さあ先へ。

子規は、8里(約32キロ)歩いて、藤代に一泊している。「まだ日は高ければ牛久まで行かんと思ひしに我も八里の道にくたびれて藤代の中程なる銚子屋へ一宿す」。藤代は、平成の大合併で取手市藤代となった。その藤代の市街地を抜ける。令和版は、昼食もどきを食べたばかり、宿に落ち着くというわけにはいかない。

文巻(ふみまき)橋で小貝川を渡る。ここから龍ケ崎市。この辺り、古くから逆流洪水多発地帯で、旧水戸街道の痕跡も判然としない。現在の6号国道を直進する。龍ケ崎市駅(長く馴染んできたJR常磐線旧佐貫駅が、令和2年より改名)入り口を右手に見送れば、すぐに左手は牛久沼。

子規の表現によれば、「二股大根の」、「其大根の茎と接する部分を横切り」沼の東岸沿いを行く。地図を取り出せば、なるほど牛久沼は「二股大根」。最盛期より減ってしまったが鰻(うなぎ)屋が多い。うな丼発祥の地と言われている。食い意地の張っている子規の『水戸紀行』に記述がみられないのは、明治20年代にはまだ、鰻屋は開業していなかったのか。

空腹を満たしたばかりの令和版も、何軒かの鰻屋の前を素通りする。(作家)

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