日曜日, 1月 18, 2026
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《土着通信部》40 根本健一さんのつくばスタイル

【コラム・相澤冬樹】音楽はクラシック党、名画を求めてエルミタージュやフィレンツェの美術館を訪ねたりしていたから、こと芸術に関しては本格志向だった。それでいて新奇さや前衛に傾倒する新しもの好きで、学生や若いアーティストにパトロンじみた支援も行うなど、鄙(ひな)には稀(まれ)な人物だった。鄙―つくば市吉瀬の田園を「ルーラル」と呼んで、筑波研究学園都市の「アーバン」と対置する取り組みを行ってきた根本健一さんが4日、亡くなった。66歳だった。

今の筑波都市整備の前身、第3セクターの筑波新都市開発で竹園や天久保のショッピングセンター開発に取り組んでいた根本さんが退職し、吉瀬の自宅の長屋門で画廊を始めたのは30歳前後、80年代の初めだったと思う。鄙に戻って家業の農家を本格的に継ぐのかと思えば、口にしたのは「農村業」への転身だった。

3セクはデベロッパーだったから、身に着けた不動産業の知識を農村に合った形で事業化する展開を考えた。科学万博のあった85年を契機に退職、長屋門を構えるほどの旧家の母屋はやがてレストランとなり、自宅周辺の小家屋は陶芸工房や貸しオフィス、美術学生のアパート兼作業場として提供された。

平成になると、事業は吉瀬集落からつくば市周辺に及ぶ。吉瀬には林間のオートキャンプ場「フォンテーヌの森」を開設、「アウトドアライフ」やら「RV車」などがトレンドワードとして急浮上していた時期で、時代の先取り感はあった。「グリーンツーリズム」や「クラインガルテン」など農村業にまつわる横文字には即座に反応し、企業化を図ったが、イチゴの水耕ハウス栽培など空回りすることも少なくなかった。

農村のストックを付加価値の先頭に

高度経済成長が続いた80年代まで、農村の都市化は不可逆的で、学園都市周辺の農村部はいわゆる「混住社会」というとらえ方をされていた。しかし「混住」は過渡期の姿ではなく、地域社会の1つのありようであることが、まさにつくばで明確になってきた。根本さんは筑波大学をはじめとした都市計画、地域計画の専門家、芸術家たちと交流するなかで、手法や考え方を学び、地域のなかに具体的に落とし込む作業に没頭した。

2005年のTX(つくばエクスプレス)開業に前後して唱えられた「つくばスタイル」こそ、混住モデルの提示と言えた。このブランドづくりに一役買った根本さんは「CROSSつくば」06年1月号に「つくばスタイル 新・田園ライフの提案」を書いている。「農村のストックを付加価値の先頭に登用する」と市民農園への「モービルホーム」係留などの展開法を提示した。

新しもの好き、根本さんの先取りはいかんせん早すぎたのかもしれない。根本さんの好んだカタカナ言葉、「グリーンツーリズム」も「モービルホーム」も「古民家リノベーション」も、今は地域づくりのツールとして普通に使われるようになった。しかし、時代が追いついてきたとき、根本さんは生き急ぐかのように逝ってしまった。

心臓に持病を抱え、昨年11月脳梗塞に倒れた。以来丸9カ月に及んだ闘病生活。コロナ禍で周囲の面会もままならないなか、家族だけが看取る静かな死だった。

葬儀で井坂敦実さん(最後の筑波町長、元つくば市教育長)は、長い付き合いを振り返り「みんな中途半端になった」、叱るように早すぎる死を惜しんだ。(ブロガー)

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つくば特別支援学校で「もう一つの成人式」 保護者、教職員らが手作り

「当たり前に明日を迎えられる子ばかりではない中で、こうして同級生たちと再会できたことは奇跡のようでもあり、本当に感慨深い思い」ー。 つくば市玉取のつくば特別支援学校(中村千秋校長)で17日、同校の卒業生を対象とした「二十歳を祝う会」が開かれ、卒業生の母親で主催団体「つく葉会」代表の根本希美子さん(47)はこう話した。 祝う会には今年度、新たに二十歳を迎える肢体不自由教育部門出身の3人と知的障害部門出身の13人、合わせて16人が参加し、家族や学校関係者らが門出を祝った。 会を主催するのは、卒業生と保護者、学校教職員らによる同窓会組織「つく葉会」。卒業生には、体調や障害などが理由で、行政主催の成人式への参加が難しいことがある。その中で、学校生活を共に過ごした仲間同士が集まり、家族や在学中に担当した教員らと節目の年を祝おうと始まったのが、この「もう一つの成人式」だ。コロナ禍で一時開催できなかった時期があったが、2007年に「県立つくば養護学校」として開校した当時から毎年続けられてきた。 「立派になったね」 最高気温16度と季節外れの暖かさとなったこの日、車いすでも負担なく着られるオリジナル着物を扱うつくば市天久保の呉服店「明日櫻(あすさくら)」には、3人の卒業生が集まった。午後に開かれる、祝う会に参加するためだ。 岡部嘉恋さん(20)は、妹と選んだという黄色地に赤い花柄の晴れ着に身を包んだ。萩原一貴さん(20)は銀色の紋付羽織に縞柄の袴。スタイリストに髪を整えてもらった。根本侑弥さん(19)は、大きな花柄の明るい着物に、シルバーとゴールドのハイライトを入れたツーブロックカット。着付けが終わると、家族らから歓声が上がった。 式が行われたのは、学校2階の音楽室。午前中から、昨年度の卒業生や保護者、教員らが色紙で飾り花を作るなど、準備を進めた。午後1時半、「新成人」たちが到着すると、「久しぶり」「立派になったね」と再会を喜ぶ声が広がった。 会の冒頭、中村校長は「二十歳を迎え、本当におめでとうございます。これからまた、自分の人生が始まります。頑張ってほしい」とエールを送った。あいさつに訪れた五十嵐立青市長は、「大好きな人たちと素晴らしい日を祝えることほど価値のあることはない。誰もが暮らしやすく幸せに過ごせる街をつくりたい」と思いを語った。 その後、在校時の写真を集めたスライドショーが上映された。運動会や校外学習、授業風景など校内で過ごす日常の一コマが映るたびに会場から小さな歓声が上がる。保護者が目頭を押さえる姿もあった。続いて行われた記念撮影では、晴れ着やスーツ姿の新成人、在校時の担当教員、家族らが思い思いの輪を作り、カメラの前に並んだ。シャッターの音に合わせて拍手が起こる。 当時の肢体不自由教育部門高等部で学年主任を務めた染谷創平さん(43)は「感無量。相手を気遣える優しい子たちだった。二十歳を迎えても、変わらない姿を見られてうれしい」と話した。肢体不自由教育部門でクラスを担当した金田一志さん(62)は「医療的ケアが必要な生徒もいた。学校で友達と活動するのを楽しみにしていた子たちだった。手を握ることで『イエス』『ノー』を伝えてくれた。キュッキュッと私の手を握り返して答えてくれる。そんなやりとりから、私自身が多くを学んだ」と振り返った。 最後の記念品贈呈では、保護者らが準備した、学校のロゴをあしらった特製の木製のハンバーが、教員から新成人一人ひとりに手渡された。 「これからも自分らしく」 奥澤真緒さん(20)の母、里美さん(51)は「ここまで長かった。最初は学校に慣れず泣くことも多かったが、友達ができて楽しく通えるようになった。これからも、自分らしく生活していってほしい」と目を細めた。萩原一貴さんの父、和典さん(57)は「先のことを見通せないこともあるが、立派に二十歳を迎えてくれて、うれしいの一言。在学中は先生方のおかげで楽しく過ごせた。健康で長く生活してほしい」と語った。 つく葉会会長の根本さんは、「卒業式から2年、この日をみんなが楽しみにしていた。多くの方の支えがあって、この日を迎えられた。これからみんなが、社会の中で生活していくことになる。周囲の手も借りながら、それぞれの形で自立していってほしい」と願いを語った。(柴田大輔)

サンガイア 7連勝 土浦市民デーを飾る

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土浦の花火100年の紡ぎ《見上げてごらん!》48

【コラム・小泉裕司】上の写真にあるオフィシャルカレンダー「100周年記念/土浦の花火カレンダー2026」の制作に当たっては、土浦全国花火競技大会実行委員会や土浦市立博物館とともに、私も企画監修に加わった。毎年、大会パンフレットを担当するいなもと印刷(土浦市板谷)のノウハウや熱い思いとコラボして、13枚組の重厚な仕様になった。 このカレンダーの大きな魅力は、彩り豊かな花火写真に眼福を得るにとどまらず、暦をめくりながら100年の歴史が理解できる特別仕様になっている点。歴史書をひも解かずして、競技大会として果たしてきた役割や、数々の名作花火が生まれた背景をめぐりながら、大正時代から連綿と続く花火師たちの誇りと、それを紡いできた先人たちの土浦の花火への思いが伝わればうれしい。 秋元梅峯と山本五十六 1月は、大会のルーツを解説。大会の第1回は1925年、土浦市内の神龍寺住職、秋元梅峯(ばいほう)が霞ケ浦海軍航空隊(場所は今の阿見町)の殉職者慰霊、地域商工業の復興、秋の収穫への感謝を目的とし、私財を投じて霞ケ浦湖畔で開催した花火大会にさかのぼる。慰霊と願いが込められた、意義深い始まりであった。 1924年9月、霞ケ浦海軍航空隊の副長兼教頭として赴任した山本五十六大佐(戦死後元帥)は、隊規律刷新、航空事故防止、殉職者慰霊の3つの施策を行った。「海軍航空隊ものがたり」(阿見町、2014年刊)によると、当時、神龍寺山門のそばに居住していた山本大佐が、懇意になった梅峯和尚に、殉職者慰霊や供養について相談をしたそうだ。 山本大佐の依頼を受けた梅峯和尚は、航空安全と殉職者慰霊のための花火大会を霞ケ浦湖畔の岡本埋立地(現川口運動公園)で開催したと伝えられているが、土浦市立博物館はその事実を確認できていないという。新潟県長岡出身の山本大佐は、日本3大花火の一つと呼ばれる長岡花火を小さいときから見て育ったことからも、「民ファースト」の梅峯和尚の琴線(きんせん)に触れたに違いない。 神龍寺境内に、梅峯和尚の銅像、41名の航空殉職者の名が掘られた供養塔が建立されており、今も、大会前日には神龍寺本堂において、大会関係者の参列の下、慰霊供養が行われている。山本大佐が滞在したと伝わる貸家付近は、当時松林だったようだが、今は土浦花火の発展に貢献した北島義一氏の墓所がある辺りだろうか? 私はこの地を「土浦花火の聖地」と呼んでいる。 未来に伝えたいエピソード 3年前、100周年の区切りとして、大会運営を支えた人々、特に公にされていないエピソードをアーカイブすることについて、某新聞社の協力約束を得て、実行委員会に提案したのだが、2年前に起きた想定外の大会中止に対する批判が高まる中、いつの間にか立ち消えになった。今年1年、カレンダー記事をベースに、未来に伝えたいエピソードを書き留めたい。 このカレンダーは、土浦市内のまちかど蔵「大徳」や「きらら館」で販売されているが、高精細の印刷に耐える上質紙は450gで通常の2倍の重量。壁掛けに注意が必要と思う。本日はこれにて、打ち留めー。年初の5段雷「トン バンバンバンバンバン」(花火鑑賞士、元土浦市副市長)

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17日午前10時53分ごろ、つくば市が管理する同市上郷、川口公園で芝生が燃える火災が発生し、同公園北側の芝生の一部約2500平方メートルが焼けた。消防車6台が出動し、火は午前11時23分に鎮火した。けが人はいないという。 市公園・施設課と市中央消防署豊里分署によると、出火時、公園内に人がいたどうかは不明という。現在、消防署で出火原因などを調査している。 同公園は広さ約5ヘクタールで、小貝川の近くにあり、公園内には三つの池がある。周囲は田んぼや林などに囲まれている。